2013年11月16日土曜日

UCL大沼教授インタビュー後半「イギリスで研究すること」




カガクシャネットヨーロッパ支部は2013年8月18日にそんな大沼教授にインタビューを行い、前半部分で大沼教授の、若い世代の日本人へ向けた活動の動機や、現在に至るまでの教授のキャリアについて伺い(インタビュー前半:「海外に出て研究することの意味」)、今回の後半部分では日本とイギリスの研究の質の違いや外の世界に挑戦するためのアドバイスなどを伺いました。

大沼教授インタビュー後半「イギリスで研究すること」

イギリスと日本の研究環境の違い

若林:先生が働いてこられて感じていらっしゃるイギリスでの研究環境と日本での研究環境、それぞれの長所はどういうものがあるとお考えですか。

大沼:イギリスは気楽だよね。自由にできて。海外にいたほうが自分らしくいられるような気がする。日本は日本なりのいいところがあるけれど、日本だと多少疲れるよね。例えばUCL関係者だけでも20数人のノーベル賞受賞者が居るわけだけど、その人と話をする時に何も気を使う必要がないよね。日本国内だとノーベル賞をとったら神様みたいになってしまうから同じ感じでは接することが難しくなる。上下関係、年功序列はもちろんイギリスでも同じだけど、それプラスもっと自由にできると思う。

もうひとつのイギリスの利点は研究室あたりのメンバーの数が圧倒的に小さいこと。イギリスは一人のボスが直接面倒を見れる人は生物系に関して言うと6人と言われている。6人以上の人を面倒見れる能力のある人はそんなにいないと。だからだいたい研究室って6人くらいのサイズにデザインされていて、イギリス政府のグラントもPh.D.の学生がその研究室に3人がいたら4人目は基本的に取れないようになっている。研究室あたりにだいたい3人くらいの学生しか一人の教官は責任をもって面倒は見れないと。その代わり教官はそういう人たちは責任をもって育て上げる責任が課せられる。ドロップオフさせてしまうと、その研究室はペナルティで次に学生を受け入れられなくなる仕組みがある。学生にとってみると、教官との質の高いコミュニケーションの取れる指導を受けられるという良さがある。だから我々教官の立場としては、確実に学生がどうやって行くかというかというものをフォローして、データが出てかついい仕事で論文になるように持っていかなくては行けない。

一方で研究のシステム自体をみてみるとなんとも言えない。研究費だけを見れば日本のほうが豊かなことは確かだし、仕事の安定性も日本のほうがいい。そして、日本ではよりたくさんの人が大学院にいけるという点もある。こっちはお金の数しかポジションがないわけだからね。Ph.D.とか本当の数というのは限られてしまって、常に競争に勝たないと勉強さえ出来ない。例えばstudentship対象の学生を募ると200人とかが応募してくるけれど、その中から1人とかしかとれないからね。みんな何箇所にも応募するから確率は簡単には言えないけど、かなりの競争にさらされている。これはイギリス人でさえも皆苦労してるからね。グラントを持っていないPIもたくさんいるよね。

若林:2008年くらいからですね。

大沼:そう。政府の予算がカットになった後とか。ウェルカムトラスト(*1) がプロジェクトグラントを廃止してイギリス全体の生物医学研究費の予算の四分の一がなくなった。そしてそれと同じくらいを占めていたキャンサーリサーチUK (*2) もプロジェクトグラントを止めた。マイナーな領域ではあるけれども、基本的には主要なところはやめてしまって、なくなってしまった。すると、皆が政府の予算や他のチャリティに流れる様になって競争が一気に激しくなった。それに加えて生物医学系は過去20年くらいの間に教官の数が異常に増えた。そういった背景があって生物医学系の人達はグラントがとれなくなってしまった。

これはケンブリッジ、オクスフォード、インペリアル、UCLのレベルでもみんな苦労している訳で、もう少し下のレベルになると、デパートメント全体でグラント一個しかないとか、ポスドク一人しかいないとか、とんでもない状況なところはいっぱいあるみたい。

若林:そうすると、独立した後も安穏とできないというか、常に走り続けるということが必要なのですね。

大沼:まあそれはしょうがないね。ある程度の所までは走り続けていって、ある程度の所まで行ったらのんびりと研究できる安定したポジションを作って欲しいとは思うけどね。60歳くらいになって自分の研究が評価されて、ばりばりお金を持っている人達はいいけれど、そうでない人もいて、それでもフルタイムで研究しなければいけないのはきついよね。だから、それなりのポジションをイギリスも作った方がいいのではないかと思うけどね。

一方で日本では教官は守られているが故の弊害もあるけど、良いかどうかは別として今は色々変わってきているよね。例えば助教がみんな任期付きになった。あれもきついよね。任期付きで5年とか経った後に無条件でクビだよ。中にはあがれる人もまれにいるけれども、研究やっているところなら基本的にはほとんど皆そこでクビになってしまう。

システムとしてアメリカ型のテニュアトラックにして、最初の6,7年はお試し期間として雇って、その期間が終わった時にこれくらいの割合の人は残しますよと言ったら良いと思う。そのテニュアトラックのシステムにしようとしているところはあるけれど、まだ完全にはなっていない。だから助教の人達は苦しんでいるよね。


研究者にとっての家族と生活


大沼:大学の教官って本当に必死に働いているじゃない?一般の人から見たら遊んでいると思われていると思うけれど。そして、死ぬほど働いているけれど給料はそんなに高くない。そんな普通の給料しか貰えないでいて、それでも年取ってからもプレッシャーの中で生きなきゃいけないのはきついよね。そういうのを見てると皆、「研究の仕事でやっていく」という意欲を失うかもしれないね。日本の状況を見ると、準教授、教授になると職は安定するから良いけれど、それでも彼らは死ぬ気で働いているよね。

若林:日本では家族生活を犠牲にしているようなところが、一般にはありますね。

大沼:だから、ある程度のところになったら、家族生活を普通に維持していけるようにしないと。だから、統計的にはわからないけれども、日本の大学の教官というのは家族がたくさんいて研究と両立している人は少ないと思う。そういう点ではイギリスでは家族に時間を使うのは当たり前だという概念になっているからいいよね。ケンブリッジに最初に行って驚いたのは、色んな重要な会議があっても、子どもをピックアップしたりということがあると優先的に会議を出ていって構わないという。日本だったら「なんだ、会議に真面目に出ないで・・」とか言われるじゃない?それが、こっちだと「なんでそんな時間に会議をオーガナイズしたんだ!」と、オーガナイザーの方が怒られるわけじゃない?その辺が違うよね。

だからここでは女性も多くの人が研究室を持てる。UCLも半分くらいが女性だからね。ケンブリッジにいたときも教官は半分くらい女性だったし、女性でも全然困らないという。僕と同期で入った女性の教官なんて6年の間に4人子ども産んだもんね。イギリスではそれらを両立してやっていける。

若林:それがシステム、制度としてサポートされているのですね。それが当然になると働く女性のストレスがなくていいですよね。

大沼:うん、こちらではストレスは少ないと思うよ。

若林:日本でも少しずつ方向は変わってきてはいるけれど、家庭を維持しながら仕事をする為には、まだ女性は職場で戦わなくてはいけないというのがあるように思います。

大沼:日本で教授をしている女性はそれなりにいるけれど、家庭を維持しながらやっている人は限られている。独身だったり、離婚していたり、仕事を続けるためには他のものを犠牲にしなければいけないという感じになってしまっていて。本人がそれが好きならば構わないけれども、こういった体制ではみんなが研究やっていこうという方向には行かないよね。

若林:その道に進むか進まないかを考える上で、若い人達はそういった、その道が人生として本当に楽しめるかどうかということを鋭く見ていますよね。


海外に出ていく人たちへのアドバイス

大沼:日本の若い人達は海外に出たらいいよ。だって、能力的には海外で全然教官になれるよ。日本で教授になる方が大変だよ。本当にいいところに凄い数の論文出さないといけないとか。海外だったら結構色んな所の教授のポジションになれる人がいると思うよ。そうやって、海外で自分の好きなことをやらせてもらえるなら、日本を出ればよい。

若林:実際に大学院生をリクルートする時に、アプリケーションが来る際に、日本人、イギリス人、中国人など、国別に特徴をなにか感じますか。その特徴はどのように選考に反映されますか。

大沼:皆、長所短所はあって、基本的には研究テーマに応じてベストな人材を選ぶ。例えばPh.D.の学生のポジションは日本とは違って、僕らはグラントをとらないと学生は取れないので、もうテーマは決まっているから、それに最適な人材を選ぶという形。そこには国籍による優劣は感じない。重要視するのは、ひとつは面接。自分の意見や考えをきちんと表現できて話がきちんとできて、高いモチベーションを持っているかどうか。それに加えて、うちの大学院に入る前段階で、学部などでどのくらい論文を書いているかということが大きな選考基準になる。実験をなんとなくダラダラやる人はいっぱいいるけど、それをまとめて論文にすることがいかに違うかということを多少でも理解している人じゃないと難しい。

だから仕事をまとめて論文にする能力が重要。学部時代はボスの影響も多いけれども、やっぱり優秀な人達はそれなりの論文を書いている。例えば最初に一緒に仕事をしたマスターコースの学生は、学部時代にネイチャーで書いているし、彼は僕と一緒にCellに論文をだして、そのあとハーバードでドクターを3年かからずに終わらせて、その間にネイチャーセルサイエンスなどを3,4報書いててやはり目立って出来る。本当の能力のある人達を探し、そしてその人をいかに更に伸ばしていくかというのが我々の仕事。そこで日本人が海外の大学でPh.D.で純粋に入りたいとしたら、自分のことをきちんと出来る人ではないとこっちの競争で選ばれづらい。

若林:先生のご経験から、志望してくる日本人の学生の弱みをあえて指摘するのであればなんですか。

大沼: 面接の能力というのは日本人は基本的に英語がハンディキャップになっていたりするから、そこにおいて本当に優秀かどうかはこっちの人には完全には分かり得ない。だからこそ、そういう人たちを支援してくれるようなstudentshipとかがあればいいとはおもう。今我々は150周年記念事業(インタビュー前半を参照)で、イギリスに留学する学生にいくらか支援できるようなフェローシップを作りたいとは思うけどなかなか難しい。政府が出すのが一番いいのだとはおもうけれど、そういう意識はまだ少ないね。色々な人はそう思って入るけど、現実としてはなかなか動かない。

だけど、それ以上に大きな弱みがひとつある。それは、多くの日本人は個として独立していないこと。もちろん全員ではないけれど、独立していない人達が大多数を占めている。多くの人達は弱いというか幼いというかそういう感じがしてしまう。こっちでPh.D.に入ってきた人達は、最初から独立していて自分で研究をやる。色々なことをやっても自分の責任で自分でかたをつけることができる。例えば学会発表とか行くときに、日本の大学だと発表の練習だとか色んなことをやるじゃない?こっちではやらないよね。基本的には個々に任せているから、学会に行くときにボスが一緒に学会に行くこともないし、勝手にお前行ってこいという感じで。だから個々がね、日本はまだ幼いね。

若林:一方で、先生が見たところは、サイエンスの能力に関しては変わらないということですね。

大沼:ただ、教育の影響を受けて一つ違うのは、欧米の子どもの方がものを考える能力、ものを文章にしたりとか、発表したりとかの能力は上だね。ただこれはもちろん根本的に能力の問題ではなくて、トレーニングの有無の問題。日本人は記憶して、正確な答えを書く能力は上だよ。欧米人は、覚えろと言う教育はしていないから、そこが違いなのかなっていう気がする。

若林:今の高校生、大学生がそんな弱みを克服するためにはどうしたらよいとおもいますか?

大沼:難しいね。もっと前の段階から違うからね。だから我々は少しでも彼らに経験を持たしてあげようと思って色々やっている。例えば毎年ケンブリッジでサイエンスワークショップ(UK-Japan Young Scientists)をやっていて、そこでは今年は30人くらいかな、日本から高校生が来て、こちらの高校生とミックスして6人くらいのグループを10個くらい作って一緒に何かをやらせる。予めテーマというか好きな話題を聞いておいて、例えばケミストリーが好きな人はケミストリーのデパートメントに行って一週間くらい実験をしてもらう。生物系は生物のラボに行って、数学の人は数学で。そうやってイギリス人の高校生と一緒に実験をして最後に発表会をやらせる。最初の日は日本人はやっぱりおとなしいね。でもね、一週間経つと全然別人になるよ。そういうちょっとした経験でも変えることはできるのかなと。中には「よし、今回面白かったから、海外に留学してみたい」といって、「どうやったら行けるのですか」という具体的な話にもなったりする人も出てくる。現実的に本当に決まる人はいないけれど、でも興味を持ってくれる人達は出てくる。

若林:多分そういう早い段階でそういうインスパイアされる経験があると、そこからその人の成長の微分係数がぐぐっと大きくなって変わるということがあるのですかね。

大沼:それでも我々ができるのは本当に微々たるもので。数十人しかできない。だからこそ、根本的に日本国内で何かを変えてくれないと結構難しいのかなと言う気もする。

若林:最後に今の若い人達へのメッセージをお願い致します

大沼:何を言ったら良いんだろうね。日本は国際社会の一員であるわけだから、その中で活躍することも選択肢の一つとして持ってくださいということですかね。

若林・江口:今日はありがとうございました。




*1: ウェルカム・トラスト: イギリスに本拠地を持つ医学研究支援等を目的とする公益信託団体。民間団体としては世界で二番目に裕福な医学研究支援団体。トラストの使命は、人および動物の健康増進を目的とする研究を助成することにある。また、生物医学研究への資金提供に加え、一般の科学理解を深めるための支援もしている。

*2: キャンサーリサーチUK: 英国の大規模医学研究チャリティー機関。バイオメディカル研究チャリティー機関として、研究助成額がウェルカム財団に次いで英国で二番目に大きく、多くの大学の研究者がCRUKから研究助成金を受けている。



プロフィール

大沼信一教授 略歴
東北大学化学系を卒業後、生物有機化学を学びバイオテクノロジーの分野における研究に従事した後に、University of California, San Diegoに留学し脳神経科学の研究を始める。翌年ケンブリッジ大学に移り発生生物学を専門とし、その3年後に癌学部に新設されたHutchison/MRC Research Centreでグループリーダーとして独立。2007年からはUCLの眼科学研究所で教授。

インタビュアー

江口晃浩
カガクシャネット スタッフ。計算神経科学の分野で、2012年よりオックスフォード大学にて博士課程に在籍。ブログ「オックスフォードな日々

若林健二
カガクシャ・ネット 副代表ヨーロッパ代表。医学研究に携わり、2011年インペリアル・カレッジ・ロンドンにてPhDを取得し。現在は東京医科歯科大学グローバルキャリア支援室特任助教。



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