2014年12月28日日曜日

アメリカ大学院留学(UC Berkeley / Ph.D. in Integrative Biology)

今年最後のメルマガとなります。今回は、University of California Berkeley, Department of Integrative Biology に現在所属されている鈴木太一さんに留学についてご紹介していただきます。皆様お楽しみください。

・出身大学、学部学科、大学院留学先、学部学科を教えてください。

日本大学生物資源科学部でBachelorを取得し、University of Arizona,Department of Ecology and Evolutionary Biology でMasterを経て、 編入(Transfer)によりUniversity of California Berkeley,Department of Integrative Biology のPhDプログラムに現在所属しています。

・キャリアプランについてはいつごろから考えていましたか?

アカデミアの職業につきたいと考え始めたのは高校3年生、海外大学院留学を考え始めたのは学部2年生。

・留学先をそちらに選んだ動機を教えてください。

実はUniversity of ArizonaでPhDプログラムを終えるはずでしたが、プログラムの2年目で所属していた研究室の教授がUC Berkeleyに移ることになり、バークレーのPhDプログラムに編入(Transfer)することになりました。教授が引き抜かれ、研究室ごと他大学に移動することはよくあるのですが、その詳細はあまり知られていないので、Transferについてあくまでも自分のケースをもとに紹介します。編入先の大学からPhDを取得したい場合、編入先のPhDプログラムのQualifying Exam(進級試験)を受ける必要があります。履修単位のTransferは大学によって異なりますが、必修科目の単位のみ受理されました(選択科目は移すことはできず)。引越し費用などは教授と編入先の大学との交渉次第ですが、自分の場合すべて編入先の大学が経費をカバーしてくれました。アリゾナではPhD 3年生のはずですが、バークレーでは新入生として扱われ、PhD 2年生のスケジュールをこなしています(これも事情によって異なるはずです)。

・大学院プログラムの紹介/特徴を教えてください。

UC BerkeleyのIntegrative BiologyはEcology and Evolutionary Biologyの分野では全米1位にランキングされている名門です(自分は棚からぼた餅ですが)。大きな特徴の一つに、この学科は5つの博物館(脊椎動物学、考古学、昆虫学、植物学、植物園)を統合(integrate)するためにつくられた学科であるため、幅広い施設や頭脳が揃っています。例えば自分は哺乳類や鳥類の標本で埋め尽くされた脊椎動物学博物館のフロアの中にオフィスがあり、一つのオフィス内も同じ研究室のメンバーではなく、他の研究室のメンバーとごちゃまぜに配置されているため、研究のアイディアも自然にintegrativeになるという仕組みです。数々のノーベル賞受賞者が所属するLawrence national labとも関係が深いです。セミナーは週に一度学科が他の研究者を招いて主催するもの、スペシャルセミナーというものがたまに主催されます。それぞれの博物館も週に一度セミナーを主催し、学科に関係するセミナーが毎日のように大学のどこかで行われています。学科の学生も月に一度チョークトークという黒板を使ったカジュアルな発表会を行っています。バークレーの街はヒッピーで有名でもあり思想がとても自由です。そのせいかうちの学科のPhD卒業条件はとても簡単で、2学期以上のTA と2つの必修科目(進化学とTAのための授業)があるだけ。進級試験も口頭試験のみ。卒論も自分が発行(publish)した論文をホッチキスでとめて卒業することが認められています。卒論発表(Defense)もする必要がないというのだから驚きです。他の大学院と同様、学費と生活費が支給されるTA (Teaching Assistant)は5年間保障されています。

・留学生活の苦労、留学の準備としてするべきことを教えてください。

日本の学部生が海外の大学院に進学するには大きく二つの道があると思います。

  1. 学部を卒業し、すぐに海外の大学院に入学し、知識やスキルを現地でつけるという道。
  2. 学部を卒業し、日本の大学院(修士または博士)に進学し、知識やスキルをつけてから海外の大学院に渡るという道。

自分はなんの知識もないまま海外大学院に進学する1.の道を選びましたが、最初の一年は想像を絶するつらさでした。よくわからない土地でよくわからない分野をよくわからない言語(英語)で勉強すること、知識もスキルもある年上のライバルと常に比べられることなど、英語がある程度できなければ現地で知識やスキルを身につけることはリスキーです。しかし、科学を英語で理解することはとても重要です。最初の一年さえ生き残れば、若い年齢で自分を極限まで追い込むことができる環境は大きな魅力です。アリゾナの大学院で4年間(Master 2年+PhD 2年)を経て、新入生として入学したバークレーは気持ちの面でとても余裕がありました。日本の大学院と海外の大学院はとても違うので、これが2.の道にあてはまるのかわかりませんが、研究に必要な知識やスキルを身につけた後で留学することは少なからず現地でのストレス軽減になるはずです。実際にPhDプログラムで出会ったアジア系の国の留学生はそれぞれの国でMasterを持っているのが普通です。留学後に科学を英語でコミュニケーション/プロセスするトレーニングは必要ですが、日本にいるときから意識していればそれほど大きな問題ではないかもしれません。留学の準備として、1.の道を選ぶなら特に英語のコミュニケーション能力をつけること、2.の道を選ぶなら世界レベルで活躍する日本の研究室を選び、できるだけ英語で科学を勉強すること、は大事ではないでしょうか。

・これから大学院留学をする方へのメッセージをお願いします。

  • 「目の前に二つの道があるなら難しいほうを選べ」
  • 「金を稼ごうなんて思うな。30、40歳まで自分に投資しろ」
  • 「簡単に実現できると思う道に成功はない」。
大学院留学を決意するきっかけになった父親の言葉です。いつもクラスで一番をとってきた人でも、よっぽどの天才でない限り、留学後はしばらく劣等生です。でも簡単に一番をとれる環境より、なかなか一番をとれない環境の方が人間は成長すると自分は信じています。精神論になりますが、大学院留学をしてどんな人間になりたいのかビジョンをもっていれば、どんな時も楽しむことができ、留学は人生のプラスになるはずです。

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2014年11月30日日曜日

英国オックスフォード大学留学 第5回

今回でオックスフォード大学留学、最終回となります。自主性の尊重、留学での苦労、所属グループについて語っていただきます。研究グループについて調べておくことはもちろんですが、留学中に様々な苦労があり、日本との違いにショックを受ける方もいると思いますが、記事を通して心の準備をしておくことは非常に有効ですので、ぜひこちらの記事を役立てていただきたいと思います。


3.3 自主性の尊重

また、学生の自主性を重んじるという点も特徴として挙げられます。言い換えると、必須とされている課題は最低限に抑えられ、学生が各自必要に応じて自主的に学ぶ環境だと言えます。具体的には、博士課程の学生に課せられている授業は2科目であり、これは量的に多くありません。さらに言えば、授業への出席や宿題の提出は義務ではなく、試験に合格しさえすればよいのです。1学期が2か月という短期間のため、授業内で学ぶ内容も限られています。宿題は結構な量が課せられますが、その採点結果が成績に影響するということはありません。あくまで自分が学ぶために問題を解きフィードバックを受けるのです。

ゆえに、強制的に勉強させられるという意味のプレッシャーはそれ程なく(もちろん試験に合格しなければなりませんが)、外部からの圧力がないと何もしない、というタイプの学生には適さない環境であるかもしれません。逆に必須科目が少ない分、自分の研究に必要な勉強に多くの時間を割り当てられるというメリットがあります。また、試験対策に時間を取られることなく、研究者としての力を伸ばす学習に集中できるという利点もあります。特に自分が専門とする理論計算機科学・数学といった科目においては、授業はあくまで補助的なものであり、最終的に自分の頭で考え理解することが本質です。

実は自分も入学前は授業を重視する米国型のプログラムに魅力を感じていましたが、現在は指導教授や周囲の研究者と頻繁に質問や議論ができる環境が最も肝要であり、それさえあれば自ら学んでいけることを実感しています。ゆえに必須科目が少なく柔軟に学ぶことのできるこの環境を気に入っています(もちろん学科内の授業を2科目以上履修したい場合、自由に聴講すればよいですし、宿題もしっかりと採点してもらうことができます)。一方で、自分の研究方向・興味が明確となっていない学生にとって、1年目は基礎知識を身に付け、研究トピックを見つけるためにかなりの自主的なハードワークが必要です。

少し話が脱線しますが、計算機科学科の試験の方式がテイクホームであるという点についても自分は肯定的な立場です。というのも数学の問題を解く際には、ある問題がなかなか解けなかったけれど、時間をおいて再度取り組んだら突然解法が閃いた、ということがよくあるからです。有名な数学者であるピーター・フランクルさんも、数学コンクールや試験中には解法が閃かなかったが、その後帰り道に突然解法を思いつき、悔しい想いをした、と著書の中で語っていらっしゃいます。従来の、固定された机に座り数時間以内に解答する形式の試験では、このようなことが起こりやすく、試験問題も時間のかかる証明問題などは不向きということになってしまいます(証明にこそ数学の本質があるというのに・・・)。つまり試験結果が受験者の能力を正しく反映しない、ということが起こりやすくなってしまう訳です。さらに言えば、研究者に求められる能力というのは、1つの場所に固定された状態で、数時間の間に答えを出すのではなく、もっと長い期間内で、様々な情報の閲覧も可能な中で問題をじっくりと考え、解答を推敲し完成度の高い形で発表するというものです。この観点から考えると、テイクホームの形式は、従来の試験の不必要な制約を取り払った、実際の研究能力により近いスキルを測るものであり、試験の形として理に適っていると言えます。

3.4 初年度の苦労

現在自分は初年度の課題を全て終え、2年目を迎えたところです。初年度を振り返ると、正直かなり苦労を重ねた1年でした。その理由は主に、(前述したように)博士課程に修士課程は含まれないということにあります(自分は日本と米国で学士課程を終えた後、直接博士課程に入学したため、修士課程を全く経験していません)。オックスフォードの博士課程では、初めの1年間で基礎的能力を身に着けるとともに、研究トピックを見つけて、研究計画書としてまとめなければなりません。研究トピックを探す作業は既存の論文を読むことを作業の基本とする訳ですが、論文を読むためには関連する基礎理論を既に理解していなければなりません。ゆえに、はじめに必要な理論を身に付ける必要があり(これにかなりの時間と労力を要します)、その後ようやく論文を理解し、それが果たして自分の興味と合致するものであるか否かを判断することができます。何週間もかけて論文を読み、これが自分の興味と合致しないことを知り、また振出しに戻るということが幾度となくありました。努力の甲斐あり、最終的に自分の興味に合致した研究トピックを見つけることができましたが、米国大学院のプログラムであればあれ程焦りを感じることなくじっくりと研究トピックを探すことができたとも思います。実感として、まだ研究トピックが ピンポイントに定まっていない、または新しい分野にチャレンジするため基礎をはじめからしっかりと身に着けたいという学生にとっては、米国大学院の博士課程の方が良い選択であるように思います。しかし基礎力があり、ある程度自立して学び研究していける学生にとってはオックスフォードのプログラムの方が合っているかもしれません。

3.5 Quantum Group

最後に筆者の所属する研究グループについて簡単に紹介します。基礎理論重視のオックスフォード大学計算機科学科の中でも、とりわけ理論的な研究に重点を置いている研究グループが筆者の所属するQuantum Groupです。圏論や論理学を軸として、計算の意味論などの理論計算機科学、圏論などの純粋数学、さらに量子物理学や言語学まで、非常に幅広い研究を扱っています。ゆえに、グループには学際的な雰囲気が強く漂います。圏論や論理学といった理論的枠組みが様々な分野に応用できる、言い換えると一見異なる学問分野に共通する視点を持つことができる、という点が非常に面白いです。もともと理論計算機科学は数学の1分野であり、特に自分が興味を持つ基礎的な研究は、本質的に計算機科学・数学・哲学などの分野が関連する学際的な性質を持ちます。ゆえに、関連する複数の学問分野の専門家や同じ研究興味を持つ学生と頻繁に議論できる環境は非常に恵まれていると感じています。

さらに、指導教授にも恵まれたと実感しています。世界的な計算機科学者であるだけでなく、数学・論理学などに関する幅広い知識を持ち、適切なアドバイスをして下さいます。特筆するべき点は、これまでのキャリアの中で全く異なる複数の研究トピックを開拓し成果を出してきたという点です。ゆえにグループの中には、新しい研究に取り組むという雰囲気があります。また自分の基礎的・哲学的な興味を理解し、これに合った研究内容を提案して下さいます。やはり自分の研究興味と指導教授の研究方向の一致というものが非常に大切であり、自分の興味に合った研究ができる環境に在籍することを嬉しく思います。

4.終わりに

以上、オックスフォードという大学や街、及び留学生活の様子から博士課程の内容まで駆け足で描写してきました。こちらの留学生活の様子が少しでも伝われば幸いです。特にこれから留学を考えている方の判断の一助となることを願っています。最後にこの記事を寄稿する貴重な機会を与えて下さったカガクシャネット、特に副代表石井洋平様にこの場を借りて心よりお礼申し上げます。



今回で最終回となりましたが、皆様いかがでしたでしょうか?オックスフォード留学中の山田倫大さんに日常生活から大学院についてまで幅広く語っていただきました。ありがとうございました。

また第一回の記事で不手際があり2度配信することになり、山田さんをはじめ、読者の皆様にもご迷惑をおかけしましたことをお詫びいたします。


過去の記事は以下のリンクからご覧ください。


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2014年10月19日日曜日

英国オックスフォード大学留学 第4回

今回は第4回、いよいよオックスフォード大学のプログラムについて引き続き山田倫大さんに紹介していただきます。お楽しみください。


3.計算機科学科

自分の所属する計算機科学科は1957年にComputing Laboratoryという名前で設立され、2011年に現在のDepartment of Computer Scienceに改名されました。英国では最も歴史のある計算機科学科です。この学科は大学院生用のプログラムとして、主に授業を履修する1年間のMScプログラム(修士課程)と所要年数3-4年間のDPhilプログラム(PhDまたは博士課程)を提供しています。米国の大学院と同様に、MScに比べDPhilプログラムは遥かに競争率が高く、例えばオックスフォード大学内部でMScを終えた学生がDPhilへ進学するためには、Distinctionの成績を取ることがほぼ必須とされています。

博士課程の基本的なマイルストーンは以下の通りです。1年目は授業の履修と研究計画書の作成が中心、言い換えると基礎を学び、自分の研究トピックを探す期間です。具体的には2科目の試験に合格し、タームペーパーと呼ばれるレポート(内容は指導教授により様々である)と研究計画書を提出し、1年目の終わりに研究計画書に関する口頭試問に合格しなければなりません。その1-2年後、もう一度研究内容に関する口頭試問があり、最後に博士論文を提出し、それに関する口頭試問に合格すると、晴れて博士号取得となります。卒業に必要な課題の量は最低限に抑えられているという印象です。卒業後の進路について、他の研究グループの状況を詳しく知る訳ではありませんが、少なくとも自分の所属グループでは、DPhilを終えた後アカデミアに残る学生がほとんどです。これはやはり基礎的・理論的な研究に重点を置いているためです。

3.1 .米国博士課程との違い

次に米国の大学院プログラムとの違いを考察したいと思います。主な違いは:
  1.  DPhilプログラムの初期が修士課程に相当する訳ではなく、ゆえに途中でMScの学位を取得出来る訳ではない
  2.  DPhilの学生がRAやTAを通して、授業料免除となったり生活資金を十分に得られたり、といったことはほとんどない
  3.  授業の履修に重点を置く期間は基本的に初めの半年間である
といった点が挙げられます。以上3点が、米国の博士課程の所要年数が5-7年であるのに対し、オックスフォードの博士課程の所要年数が3-4年である主な理由だとも言えます。つまり、修士課程の期間をほとんど含めず、RAやTAをする必要がないため、所要年数の短縮が可能なのです。自分は留学を志す際に、初めの2年間で授業の履修を通してしっかりと基礎を身に着ける米国の博士課程に魅力を感じていました。TAの経験も必要なものであると考えていました。しかし現在の指導教授に、初めの2年間に集中して基礎力を身に着ける必要はなく、むしろ研究と並行して勉強していく方が理想であること、及びDPhil後もポスドクとしてオックスフォードに残る可能性が高く(これはあくまで自分と指導教授の個人的なやり取りであり、大学側がポスドクとしての残留を保証している訳でも推奨している訳でもありません)、その場合TAも経験することになると説明され、他の研究者の方の話も聞く中で、こちらの博士課程でもやっていけるのではと考えるに至り、最終的にオックスフォードを選びました。また計算機科学科では、中国人をはじめとしたアジア人もちらほらと見かけますが、英国・ドイツ・オランダ人など、欧州出身者が多数を占めます。アジア人が多数を占める米国の理系学科との違いの1つだと思います。

入学試験については、大部分が米国大学院の博士課程と同様ですが、GREの受験が不要なこと、及びTOEFLの代わりにIELTSを受験することができる、といった点が異なります。また、米国大学院ほど学科内に学生の授業料や生活費を援助する仕組みが充実していないため、奨学金を外部から獲得できるか否かが合格を大きく左右します。他にも得意とする研究分野など、比較できる点はありますが、米国の大学院も学校に依ってそれぞれの特徴にかなりの差があり、一概に米国とオックスフォードとの違いと言うことはできません。ゆえに以下、単にオックスフォード大学計算機科学科の特徴を幾つか並べることにします。

3.2 .基礎理論重視

計算機科学という学問の中には様々な研究分野が存在し、ソフトウェアの開発を目的とする実用的・応用的な分野から、計算という概念の本質を探究する基礎的な分野まで、その幅は広いです。オックスフォード大学の計算機科学科は世界的な評価も高く、様々な研究が行われていますが、とりわけ基礎的・理論的な分野に強いという大きな特徴があります。教授や研究者が学科全体について、academic, foundational, mathematicalなどと表現しているのをよく耳にします。

自分の興味は基礎的な分野にあり、数学の1分野であるとも言えます。数学者として、計算という概念に関連した数学を研究しているとも言えます。大学院を選択する際にも、基礎研究重視の欧州と実用重視の米国、という点が決断のポイントの1つでした(もちろん例外もあり、米国の中にも基礎的・数学的な分野に強い大学院が存在します)。自分も、プログラムを書くことはまずありません。自分の研究興味と学科や研究グループの研究内容の一致を実感しています。
(最終回へつづく)


今回は山田さんが所属されている計算機科学科について紹介していただきました。次回は最終回となります。大学院における自主性の尊重、初年度にされた苦労、また所属されている研究グループについても、ご紹介していただきます。ご期待ください。

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2014年9月28日日曜日

英国オックスフォード大学留学 第3回

前回に引き続き、山田倫大さんにオックスフォード留学について語っていただきます。今回は、前回に続き生活についてです。イギリス留学を考えている方には非常に参考になる情報です。ぜひ参考にしてみてください。



2.3.気候

気候に関しては、夏は平均最高気温が約20度、冬は平均最低気温が約マイナス2度と、比較的過ごしやすいと言えます。しかし注意点として、夏場には時折30度近くとなる日があり、ほとんどの部屋に冷房が設置されていないため、日が直接差し込む部屋などは暑くなり過ぎるということがあります。このような場合、住人は研究室や図書館、カフェなどに避難しているようです。また、曇りがちで雨の多い気候も特徴的です。何日間も雨が降り続けるというよりも、天気が変わりやすく、どんよりとした曇りの中断続的に雨が降ります。店に入ったときは晴れていたのに数分後に外に出たら雨が降っていたということが珍しくありません(そしてその店が雑貨店の場合、傘を購入することになります)。そのため、こちらでは雨が降っていても傘を差さない人が多く、留学生や観光客との区別が容易です。

英国の特殊な天候は世界的にもよく知られているようで、「英国人は天気の話題が大好きである」と言われ、さらに「英国に観光客が多いのは独特の天気を体験するためである」というジョークまで存在します。しかし晴れの日もそれ程珍しくはなく、特に春から夏にかけての季節は気持ちの良い日が多いです。日本の梅雨や蒸し暑い夏を考えると、一年を通してこちらの方が過ごしやすいと言えるかもしれません。また雨や曇りの日が多い環境はどうしても自宅で鬱々と考え事をすることにつながり、それが英国の学問や文学の輝かしい地位を築き上げた要因の1つであると考える人もいます。学問の街オックスフォードにとって、この気候はむしろ強みと言えるのかもしれません。

2.4.治安・人種差別

学生の街ということもあり、比較的治安のよい場所であると言えます。大学院生の半数以上を留学生が占めるという国際的な環境もあり、あからさまな人種差別を受けたこともありません(逆に日本人は珍しいため、様々な機会に興味を持って話しかけてもらえることも多いです)。

2.5.余暇活動

オックスフォードは比較的小さな街であり、ロンドンのような大都市ならではの大規模なショッピングエリアや劇場といったものはありません。しかし大学と街が混在しているため、学生が徒歩で行ける距離にレストランやパブがあります。友人と気軽に食事に出かけることのできる環境は嬉しいです。オックスフォードには歴史のあるパブがいくつもあり、特に週末の夜は人々で大いに賑わいます。

また小規模ながら劇場や映画館も存在し、コンサートやオペラ、バレエなどが定期的に上演されます。特に英国の大建築家クリストファー・レンが設計した美しいシェルドニアン・シアターでは、頻繁にクラシックコンサートが開催されています。また、多くのカレッジがそれぞれの聖歌隊を持ちますが、そのレベルは非常に高く、美しい礼拝堂の中でその歌声を聴くというのは特別な体験です。このような環境の中、芸術に親しむ友人が周囲にいることもあり、こちらに来てから自分にとっても芸術がより身近なものとなりました。

オックスフォード大学では学生のクラブ活動も盛んであり、サッカーやラグビー、クリケットなどのスポーツから、乗馬やバレエ、各種ダンスや射的など、枚挙にいとまがありません。殊にrowingと呼ばれる漕ぎ船競争は有名であり、厳しい選抜とトレーニングを潜り抜けた代表選手は、ケンブリッジ大学と熾烈なライバル競争を繰り広げます。文化的なクラブ活動も多く、例えば知人の影響を受けた自分は、最近ワインテイスティングイベントに顔を出すようになりました。またオックスフォードに来てから、スーツや(日本では一度も来たことのなかった)タキシードを纏うような社交の場に出席する機会が多くなりました。先述のフォーマル・ホールはその典型です。さらに各カレッジは数年に1回ほど、ballと呼ばれる大規模なパーティーを盛大に開催します。ballでは豪勢なコース料理に始まり、コンサートやダンス、さらにはカジノなどが夜通し続き、参加者はこれを朝まで楽しみます。 たかが服装と侮ることはできません。歴史あるホールに正装を纏った紳士・淑女が集う晩餐会は、厳粛かつ華やかな独特の雰囲気を作り上げます。この特別な空間の中で人々の気持ちも高まり話にも花が咲くというものです。またこのような社交の場では、立ち振る舞いやマナーを学ぶよい機会でもあります。
第4回へつづく)


次回からはいよいよ山田さんが所属されているプログラムについてご紹介していただきます。名門オックスフォード大学のプログラムはどのようなものなのでしょうか?ご期待ください。

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2014年9月12日金曜日

人として、科学者として、成長できた大学院留学

1.留学をするきっかけ

私がアメリカの大学院で博士号を取ると決めたのは、大学3年生の時でした。当時の私は研究室に配属になったばかりで、研究がどんなものかも理解していなかったですが、何か一つのことを極めたい、全く違った環境に身を置いてみたいという願望は子供の頃から強く、その当時の指導教官の「それならアメリカで博士号とったら?」という一言に即座に反応して、あまり迷うこともなく「ではそうします。」と留学を決意しました。今思うと大きな決断をあまりに簡単にしてしまったなあという気持ちはありますが、英語力はどんな仕事をする上でも役立つこと、アメリカの大学院では学生でもお給料がもらえるというのが留学を決意するのに後押ししていたと思います。


2.留学中の生活

授業

私の在籍した大学院では、最初の1~3年は授業を受けることが必須でした。渡米後、すぐに授業は始まりました。そこで出てきたのが英語の問題です。英語はTOEFL対策で勉強もしていましたし、それまでにも短期語学留学をしていたので、正直そこまで心配はしていなかったのですが、いざ授業が始まってみると、教授の話すスピードは早く、また教授によってはすごくカジュアルな表現を使って話すので、試験に出るような英語を勉強してきた私にとって、理解するのは非常に困難でした。教授の言う冗談に気づかずクラスメートが笑って初めて冗談だったと知ることもしばしばありました。最初のセメスターは授業を録音して聞き直したり、教科書を読んだりと自習の時間がかなり多かったです。平日の夜、週末は授業で出された宿題をしたり、中間、期末テストの勉強をしたりと、まるで中学、高校生に戻ったみたいだなと感じていました。初めはこんなふうに大変でしたが、2年目に入るころには英語の授業にも慣れてきました。しかし学年が上がるにつれて今度は授業のレベルも基礎的なものから発展的なものに上がり、次は新たな問題が出てきました。ディスカッションでの発言です。大学院の授業では、論文を読んで、論文のデータや結論について意見交換をするという形態がとられることがあります。発言をすることも成績を決める上での重要な評価ポイントとなるので、聞き役にまわると良い成績はとれません。しかしながら、みんなの前で何か意見を英語でいうというのは非常に勇気のいることでした。伝わらなかったらどうしよう、間違ったらどうしよう、などと考えて最初は発言を躊躇することもありました。しかし、悪い成績をとってしまうと退学になる可能性もあるので、自分に鞭を打ちながら発言をするように心がけました。こういった授業を通して、英語でディスカッションをするという力が鍛えられたと思います。

研究

1年目には授業と並行して、卒業研究を行う研究室を決めるためのラボローテーションがありました。自分で4つの研究室を選び、8週間ごとに研究室をまわりました。4つの研究室をまわってみてびっくりしたのは、それぞれの教授の指導方法、研究への関わり方、研究室の管理は大きく違うということです。ラボローテーションは無駄だと言う人もいますが、少なくとも私にとっては、様々な研究室の研究のやり方を知れたこと、知り合いが増えたことなどメリットがあったと思います。ローテーションが終わったあとは実際に一つの研究室に所属して卒業研究を始めました。長い戦いの始まりです。最初は教授から大まかなテーマを与えられ、始めのとっかかりになる実験、解析のアドバイスをもらいましたが、研究が進むにつれて、自ら研究のアイディアを出したり、方向性を決めたりし、必要があれば教授に助言を求めるという形で研究をしました。

このように研究室の教授は生徒の自主性、独立性を重んじつつも、必要があれば手助けをするという形だったので、私にとっては自分の考えに基づいて研究しつつも、大きな支えがいつもついているという感覚で非常に心強かったです。また、卒業論文のアドバイスをしてくれるのは、研究室の教授だけではありません。Thesis Committee と呼ばれる、私の卒業論文の最終審査をする他の研究室の教授3人も、私の研究に大きな助言をしてくださいました。これらの教授3人を含め、年に一回Committee meetingを開き自分の研究の進捗報告をすることで、研究がきっちりと進んでいることを確認する必要がありました。

私生活

アメリカにいると、人々が仕事、休暇どちらに対してもポジティブにとらえている雰囲気を感じることがよくあります。仕事も一生懸命するけれど遊ぶときも心置きなく遊ぶというように、人生をめいっぱい謳歌しようといった感じです。私の研究室の教授もその分野ではとても著名な研究者で、世界レベルでの大きなプロジェクトのリーダーシップを取っているような人でしたが、同時に、4人の子供の父親で家族との時間も非常に大事にする人でした。毎年の家族旅行も欠かさず、平日の夜も子供の宿題を見たり、芝刈りをしたり、家庭を非常に大事にしていました。教授の家でのポトラック(持ち寄り)パーティーも年に2-3回はあり、中国人、韓国人、インド人、ブラジル人、コロンビア人、フランス人と国際色豊かな研究室だったため、いろんな国の料理を楽しんだものです。またラテン系のメンバーがいたこともあって、最後はダンスパーティーになることもありました。アメリカではこういった仕事と私生活のバランスを上手く保っている人が多くいて、私も大きな影響を受けたと思います。私自身も、なるべく勉強や研究は集中して効率よく行うことを心がけ、年に一回は日本へ帰省し家族との時間を楽しみ、また、アメリカ国内の旅行なども楽しみました。平日、息抜きをしたいときは、大学のジムで運動したり、大学の音楽の授業に参加してみたり、友達とパーティーをしたり、ショッピングや美味しいものを食べに出かけたりなどといろいろ楽しんだと思います。

3. 博士号をとった後の私

現在、私はポスドク研究員として、新しい研究室で新しい研究プロジェクトを始めたところです。博士過程では学生という身分でしたが、ポスドクは一人前の研究者と見なされます。よい研究のアイディアはないか、面白い研究にするにはどうすればよいのか、どんな研究が最前線で行われているのかなどということを調べ、考えつつ、実験したりしています。もちろん研究室の教授や他のメンバー、さらには他の研究室の人たちとのディスカッションも欠かせません。博士号取得者の就職難は日本でもアメリカでも言われていますが、今はポスドクとして研究を続け、その次のステップに続くようにがんばろうと思っています。アメリカでは博士号取得者の就職先はアカデミアだけではなく、企業研究者、雑誌の編集長、コンサルタントなど多様です。今後自分がどのような形でサイエンスや社会に貢献したいのかを考えつつ次の道を探ろうと思っています。

4.日本の学生に伝えたいこと

何年にもわたる留学は自分の人生を大きく左右するものです。日本にいれば経験することのないような外国人という立場、言葉の壁、不自由さなどいろいろな面での苦労もあります。しかしながら、そういったマイナス面をも吹き飛ばすようなくらいの良い変化をアメリカの大学院留学は私にもたらしてくれたと思っています。研究に真摯に取り組む姿勢、真面目でありながら楽しむことも忘れない人々、情熱をどこまででも受け入れてくれる環境など私を魅了してやまないものがここにはあります。近年、海外に出たがる日本人が減少傾向にあると聞きますが、このエッセイを通して少しでも大学院留学について興味を持っていただければ幸いです。




著者略歴:岩田愛子(いわたあいこ)
日本の大学、大学院修士課程を卒業後、インディアナ州パデュー大学、ライフサイエンス学際プログラム博士課程に進学し博士号取得。博士課程の途中で指導教官の移動に伴いジョージア大学に研究室とともに移動し研究を続ける。2014年からはポスドク研究員としてペンシルバニア大
学に在籍。分子細胞生物学が専門。

※この文章は、2014年9月13日(土)に秋葉原UDXギャラリーで開催されるAmerica Expo 2013 にて配布予定の「カガクシャ・ネット:海外実況中継」と題した冊子に掲載されました。他の寄稿文、pdfファイルはこちらからダウンロード可能です。

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2014年9月10日水曜日

探究せよ、真理こそ我らのしるべなり

未だにはっきりと覚えている幼い頃の記憶がある。それはどこかの遊技場でのこと。一つの大きなブラウン管テレビの向こう側に時代遅れの白黒アニメが流れていた。人間以上に人間臭い心を持つくせに、壊れるとその中身はただのガラクタの塊でしかないロボットという存在に動揺しつつも魅せられ、そしてその姿はしっかりと心に刻みつけられた。それが鉄腕アトムであった。あれから20年、僕は高専で情報工学を学び、アメリカの大学でコンピュータサイエンスと心理学を専攻し、そして今オックスフォード大学の博士課程で計算神経科学の分野に携わりながら、あの頃にぼんやりと思い描いた夢を未だに追い求めている。



実を言えば一度だけ、高専時代にそれをもうやめようと思ったことがある。そろそろ自分も現実的な将来を見据えて生きていかなくてはいけない、と考え始めていた。しかし、そんな時にしたアメリカの高校での1年間の交換留学がそんな自分を思いとどまらせた。僕の通ったアメリカの高校では、授業の履修は基本的に選択制で、学生は皆学びたいことを自らの意志で選んで学んでいた。どの授業もインターラクティブで刺激的で、またどの学生も自分の意見を持ち、それを発言し議論できることに驚かされる毎日だった。一方で、彼らはよく遊び、スポーツもし、音楽もし、切り替えも効率もとてもよく、今まで自分が見ていた世界がいかに小さいものであったかを気付かされた経験だった。同じ世代の高校生が、「僕は映画監督になるんだ」とか「政治家になるんだ」とか、何の恥じらいもなく堂々と言える姿に心を揺り動かされて、大した根拠がなくたって好きなことを信じて生きたいように一所懸命生きることを選べばいいのだと気付かされた。その時、僕は大学はアメリカに行くことを決意したのだった。そうしてもう少しだけ夢を追ってみようと思ったのだった。

ジャーナリスト櫻井よしこは、彼女の米国での大学生活を振り返って以下のように指摘する。「日本での教育が、あれはいけない、これも問題がある、だからしない方がよいといういわば減点方式と受動に陥りがちなのに対して、米国での教育は完全に加点方式と能動を特徴としている。夢を描いたら挑戦してご覧なさい。こうしたいと考えたらやってみなさい。どんなことでも尻込みしたりあきらめたりしないで突き進んで御覧。他人に迷惑をかけてはならないけれど、自分の責任で、何でもやって御覧、という具合なのだ。」僕が常に前を向き、そして学部時代を本気で頑張ることができたのは、そんなことを象徴するような恩師との出会いがあったからであった。

僕は高専時代、あまり目立った学生ではなかった。授業中に発言するわけでもないし、オフィスアワーに行くわけでもなかったので、成績はよかったけれど自分のことを殆ど知らない教授もいた。今でも忘れないのは、2年生の頃、試験を終えたあとにどうしても腑に落ちない問題があって珍しく教授のオフィスを訪ねたことがあった。教授は僕の顔を見るなり「採点ならまだ終わってないよ。でも誰も落第点とるような試験じゃないから君も心配しなくていいから。」と呆れ顔で言った。普段から試験では良い点をとっていたし提出物はいつも誰よりも先に終わらせていたし、殆どの人が面倒臭がってやらない課題も必ず提出していたのに彼は僕を全く知らなかった。案外そういうことは伝わってないものなんだな、とその時初めて学んだ。

アメリカの大学に入ってからもしばらくはそうだった。ただ「どうせ伝わらない」と思いながらも自己満足のためだけにいつも何でも無駄に2,3割増しで頑張っていた。2年生の前期に履修したトンプソン教授の人工知能のクラスも例外ではなかった。グループプロジェクトが基本のクラスだったのだけれど、他のメンバーが本当に何もやらない。ミーティングにも来ないし、レポートも留学生の自分に丸投げ。このままでは自分の成績にも響いてしまうので、仕方がなく必死で3人分の作業を全部一人でやってのけた。ターム最後のプレゼンを聞いてトンプソン教授はその結果を大絶賛していたけど、何もしなかった2人の方が質疑応答でもうまく話せるものだから「きっと自分がグループの足手まといに見えてるんだろうな・・」と思っていた。

その日の夜、トンプソン教授から「明日オフィスに来なさい。」とメールが来た。一体何を言われるんだろうと狼狽えながら次の日オフィスを訪れると、彼は笑顔で椅子に座っていた。机の上には自分のグループのレポートが置いてあり、その表紙を指さして彼は、「この長いレポート、おそらく君だけで書き上げたんじゃないかな。」と言った。僕は他の2人のことを告げ口するつもりは全くなかったので困って口ごもると、「見てごらん」と言ってそのレポートをめくり始めた。するとページの至る所に赤い線やら文字やらがいっぱい書き込まれていて、「君は独特な英語を書くね。」と僕の不完全な英語をからかって笑った。そして、「プロジェクトに関してもきっと殆ど君一人でやったんだろう。」と付け加えた。僕は相変わらず苦笑いをしていると、「言わなくても昨日のプレゼンテーションで気づいたよ。」とまた笑った。

この日から色々なことが変わり始めた。2年生の後期には、彼の推薦で、彼の教える修士の授業を履修することになった。そこで企業との会議に参加して、初めて学会発表も経験した。またその時に書いた論文がその年の卒論も含めたすべての学内学部生研究論文から、3つの優秀な論文の1つとして選出されたりもした。更にトンプソン教授はその論文を僕の知らないうちに国際学会に提出していて、「ピアレビューを通ったからドイツに行って発表してきなさい。」と言われるがままに一人でその夏ドイツに行くことになった。初めての国際学会に緊張しきってプレゼンは大失敗。申し訳なさそうに帰ってきた僕を迎えたのはトンプソン教授の「初めてのヨーロッパはどうだったかい?」「観光もたくさん出来たかい?」という笑顔だった。そして改まって「僕も初めて授業を教えたときは本当に緊張して大失敗だったよ。だけどそれを繰り返すことで慣れていくんだ。君にはたくさん経験してもらう。」と励ましてくれた。

3年生前期に初めて無名だけれど一応ジャーナルに論文を出すことができた。またトンプソン教授の推薦でComputing Research Association(CRA)の全米からコンピュータ・サイエンス学部生を選出するCRA Outstanding undergraduate Researcher Awardsにノミネートされ、結果運良く優秀賞を授かった。するとその結果を見たウォータールー大学やヨーク大学の教授から是非院に来てくれとオファーが来たり、googleやamazonのリクルーターから連絡が入ったりなんてこともあった。トンプソン教授はそんな僕のことを他の教授に話すことも大好きだったようで、気づけば授業を受けたこともない教授までも自分に声をかけてくるようになっていた。

「案外伝わらないものなんだな」と分かっていながらも、積極的にアピールすることをできなかった僕を彼は見つけてくれた。そして英語もそんなに上手じゃない自分を信じて、次々に色々な機会を与えて育ててくれた。本当に一人ひとりの学生のことをよく見ていて、その成長を自分のことのように喜べるとても素敵な教授だった。彼との出会いがあったから大変さも楽しみに変わった。そんな彼との出会いがあったから、僕は未だに研究を続けていられるのだと思う。

"Veritate Duce Progredi"(探究せよ、真理こそ我らのしるべなり)これは母校、アーカンソー大学の校訓である。将来ずっと同じ夢を追い求め続けているかどうかは、本音を言えば今の時点ではまだ分からない。しかし、ひとつの目標を定めて挑戦し続けてきたことで、見えてくる世界は大きく広がった。やってみたいと思えることがいくつも出てきた。「映画監督になりたい」とあの時目を輝かせて語った友達が、或いは「政治家になるんだ」と胸を張った友達が皆、未だにそれらを追い求めているとは思わない。しかし、それらの夢は彼らの人生の真理を探究するきっかけを与えたことは間違いないと思う。だから夢なんていうのはもしかしたら単なるきっかけでしかないのだと思う。好きな言葉に「夢を見ながら耕す人になれ」というものがある。日々努力を続けても、なかなか変化は目に見えてこない。進めば進むほど、夢はさらに遠ざかっていくようにさえ感じられる。しかし夢を見ている限り耕し続けられる。そして、耕し続けている限り、それは決して無駄になることはない。アメリカには、そこにきっと大きな実を実らせる肥沃な土壌がある。これから留学を考えている皆さんには、どんなことでもいいからまず夢を口にして、そしてそれに向かって一所懸命に挑戦してみて欲しいと思う。




著者略歴:江口晃浩(えぐちあきひろ)
豊田高専情報工学科在籍時にAFSを通じてオレゴン州の高校で一年間の交換留学を経験。帰国後高専を三年次課程修了時に中退し、2008年秋より米州立アーカンソー大学(フェイエットビル校)に進学。2011年春にコンピュータ・サイエンス(B.S.)を、2012年春に心理学(B.A.)を、共にsumma cum laudeで卒業。2013年 秋より英国オックスフォード大学大学院で計算神経科学の研究で博士号過程に在籍中。ブログ「オックスフォードな日々


※この文章は、2014年9月13日(土)に秋葉原UDXギャラリーで開催されるAmerica Expo 2013 にて配布予定の「カガクシャ・ネット:海外実況中継」と題した冊子に掲載されました。他の寄稿文、pdfファイルはこちらからダウンロード可能です。

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2014年9月8日月曜日

カガクシャ・ネットとオンライン留学相談会のご案内

カガクシャ・ネット (http://www.kagakusha.net) は2000年にメーリングリストとして発足したオンライン上の留学生団体です。いまでこそブログなどで留学体験を読むことも比較的容易になりましたが,発足当初は学位留学に関する書籍はほとんどなく,インターネットでも留学準備・経験に関する情報を得ることは難しい状態でした。メーリングリストを用いることで,留学準備や留学生活に関する情報をシェアすることを当面の目的としてカガクシャ・ネットの活動はスタートしました.現在は大学院留学および留学後のキャリア構築の支援を通じて,日本の科学技術の発展に貢献できる人材の育成を目指しています。

メーリングリスト(現在はLinkedInに移行)だけでなく,2007年からは月2回のメールマガジンの発行 (アーカイブ:
http://kagakushanet.blogspot.com/,
http://www.kagakusha.net/e-mag ),
書籍の出版(「理系大学院留学—アメリカで実現する研究者への道」,アルク)をおこなってきました。それに加え,2010年,2012年には東京でイベントを開催しました.さらに,2013年には,留学後のキャリアを考えるためのウェビナー(オンラインセミナー)を開催しました。(
http://www.kagakusha.net/conference
http://www.kagakusha.net/webinar_2013_01
より動画もご覧いただけます)



新たな取り組みとして,2013年からは医学系・航空宇宙系の分科会オンライン座談会をはじめました.分科会はより専門的な議論を中心に,座談会は分野にこだわらない広いトピックでの議論をおこなっていますが,研究に関する話だけでなく,留学や留学後のキャリアに関する相談もおこなわれています。これまで主に用いてきたメーリングリストは情報交換には有効でしたが,どうしても情報の流れが一方向的になりがちで,活発な議論をする場としては使いづらいところがありました。また従来のメーリングリストを用いたやり取りでは実名での発言が過去ログとして残ってしまうことから,思い切った意見を発信しづらく感じた方も少なからずいたと考えられます。オンライン座談会では,SkypeやGoogle Hangoutなどのオンラインツールの活用により,文字ベースではないfaceto-face  により近い会話ベースのやり取りが可能です。また,10人以下という少人数でclosedな空間であるために,留学準備やその後のキャリア,研究についての深い相談をすることができます.これらの座談会や分科会の最大の魅力は,議事録として公開できないような「ぶっちゃけ話」にあります。リラックスした何でも質問できる雰囲気で,書籍やウェブサイトでは読むことのできない本音の話や企業機密に近い情報も聞くことができることはオンライン座談会の魅力の一つです。

2014年7月には「オンライン留学相談会」と題した座談会がおこなわれました。この会には,留学を検討されている大学生3名と博士課程に留学中,もしくは留学を終えて就職された方4名が出
席しました。この相談会では,「海外の大学院に合格できるためには、どのような要件が必要ですか?」のような,留学準備や選考に関する質問から,「アメリカで大学の教員職に就くのはどれぐらい難しいですか?」「医療関連の研究に興味があるのですが、アメリカではこの分野の就職状況はどうですか?」「海外に進学すると日本に戻りづらくなると聞きますが実際のところはどうでしょうか?」といった留学後の進路に関する質問も見受けられました。

相談会に参加して個人的に気になったのは,留学を考えている方はGPAやGRE,TOEFL (もしくはIELTS) といった数字で表されるわかりやすい指標にこだわりすぎているのではないだろうかという点でした.テストの点数や学部の成績ももちろん合否を決めるうえでは重要なのですが,もっと重要だと思うのは,留学先で何をしたいのか?留学後に何をしたいのか?について自分の意見をしっかり持つことです.なぜ自分がA大学のB分野にあるC研究室で学びたいのかを考えることにもつながります.これらの留学に対するモチベーションはStatement of Purpose  (出願理由書)  にも書くことになりますし,日本にいる間にできること(たとえば他学部の授業でも必要に応
じて取る,研究室を見学させてもらうなど)を考えるきっかけにもなります。また,苦労も多い留学生活を乗り切るためにも強い志を持つことは大切です。

留学を検討されているみなさまには,カガクシャ・ネットのウェブサイトにアクセスしていただき,LinkedInや座談会・分科会を通じて,積極的に情報収集していただけると幸いです。



著者略歴:武田祐史(たけだゆうじ)
京都大学工学部物理工学科,京都大学大学院工学研究科機械理工学専攻修士課程を経て,2011年よりタフツ大学 (Department of Biomedical Engineering, Tufts University) 博士課程在学中.2013年からカガクシャ・ネット副代表

※この文章は、2014年9月13日(土)に秋葉原UDXギャラリーで開催されるAmerica Expo 2013 にて配布予定の「カガクシャ・ネット:海外実況中継」と題した冊子に掲載されました。他の寄稿文、pdfファイルはこちらからダウンロード可能です。

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2014年9月7日日曜日

英国オックスフォード大学留学 第2回


英国オックスフォード大学留学の第二回になります。前回に続き、山田倫大さんに今回はオックスフォードでの生活についてご紹介していただきます。留学においては勉学だけでなく、生活環境も非常に重要です。それではお楽しみください。
 

2. オックスフォードでの生活

オックスフォード大学のあるオックスフォード市は、イングランド中央部のやや南部、ロンドンから北西に列車で1時間ほどの距離に位置しています。オックスフォード大学に世界中から集まってきた学生や学者を中心とした学問の街であり、実際に約14万人の人口の1割をオックスフォード大学の学生が占めます(プログラムに依ってはオックスフォードに住む必要がないため、在籍学生の数に対して市内の学生の数は少なくなっています)。また、歴史的な建物や伝統的な文化を魅力とする観光都市としても世界的に知られており、週末は観光客で大いに賑わっています。これまでの滞在経験に基づいて、オックスフォード(及び英国)の生活環境について簡単に描写したいと思います。

2.1.食事

まず美味しくないことで有名な英国の食事についてですが、残念ながらこれはある程度事実です。(もし英国の方が今この記事を読んで下さっているとしたら申し訳ありません。しかし話してみると、英国の人々自身も「英国料理は駄目だね」とあっさり認めることが多く、それを楽しんでいる様子さえ見受けられます。ゆえに、ここに書くことが国際問題に発展することはないと判断し、話を続けたいと思います。)

英国人にとって食事は楽しむものというよりもお腹を満たすものであり、それ程こだわりがないようです。そのため手間暇をかけて料理をするということに価値を見出せず、食文化もあまり発展しなかったらしいのです。それに加えて、こちらの人々は味付け、とりわけ塩味に鈍感であるとも言われます。確かに売店で買うサンドイッチ、食堂で頂くローストチキン、スーパーマーケットで手に入るお惣菜など、味付けのはっきりしない、というよりもむしろ味付けのない食事をいくらでも体験することができます。また英国では基本的に野菜はその歯ごたえがなくなるまで徹底的に煮ます。シャキシャキとした歯ごたえも鮮やかな彩りも(そしておそらく栄養素のかなりの部分も)失ってしまった野菜から見出せる魅力を自分はあまり知りません。

また、基本的に英国料理は大皿に野菜や肉などをドカドカとまとめて盛るため、見た目に楽しめるということもそれ程ありません。とは言うものの、英国料理の中にもグレイービーソースのかかったサンデーローストやパイ料理など、美味しいと感じるものも存在
します。さらに言えば、留学生が数多く集まるオックスフォードにはフランス・イタリア・スペインなどの欧州諸国の料理から、中華・インディアン・タイ料理まで各国の味を提供するレストランが散在しています。ゆえに経験を重ね、“当たり”の料理を見極められるようになれば、ある程度充実した食生活を送ることも可能なのです(また近年、英国で食事を大切にする風潮が高まってきたことにより、一昔と比べ状況はだいぶ改善されてきているようです)。

しかし例えばサンデーローストの値段は通常十数ポンド程‐日本円にして2000円以上もします。英国料理に限らず、オックスフォードでの外食は日本と比べ、質に対する価格が割高であることがほとんどです。昼にサンドイッチを買うと4-5ポンド(約700-850円)程、
カフェなどでドリンクとともに軽食を取ると日本円にして1000円以上の出費となります。比較的リーズナブルなアジア系のレストラン(中華料理やタイ料理)でも最低1品7ポンド(約1200円)程度します。それ程高級でないレストランでも夕食では1品10ポンド強から20ポンド弱程度かかるため、アルコール類も注文すると、1回の食事で30ポンド(約5000円)近く支払うということも珍しくありません(特に男性は大変(?)ですね)。ゆえに学生は値段の安さが売りのカレッジの食堂のメニュー、もしくは自炊が中心となります。人によってはこちらの食事は合わないということもありますので、留学前に料理の練習をしておいた方がよいかもしれません。

2.2.住居

学生の多くはカレッジが所有する集合住宅に住みます。家賃の安さや立地の良さ、またカレッジのメンバーと頻繁に会うことができる、といった点が主な利点です。費用については、他のカレッジの事情を詳しく知らないので何とも言えませんが、日本の大学生が住む典型的な部屋の広さに対して、(家賃と光熱費を合わせて)月に500ポンド台が平均といったところでしょうか。円安のこともあり割高に感じます。

カレッジとは無縁の一般の不動産に住居を置く学生も珍しくありませんが、そのほとんどの場合、個室以外をハウスメイトとシェアする形式となります。そうでないと費用が高くなり過ぎるためです。

カレッジが用意する部屋でさえも質が非常に不均質であり、その選択には慎重にならなくてはなりません。日本では考えられないくらいシャワーやトイレの水圧が弱かったり、
一日中ほとんど日が差し込まなかったり、さらには湿気のためにカビのにおいが充満しているという部屋さえあります。

美しい建築物に囲まれた生活を送っていると、古い建物を大切にする英国人の気持ちが分かりますが、それでもやはり住宅設備の充実を望みます。

(第3回へつづく)



今回は生活についてご紹介していただきました。次回は生活の中でも特に気候、治安、余暇活動についてご紹介していただきます。ご期待ください。
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発行責任者: 石井 洋平
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2014年8月3日日曜日

英国オックスフォード大学留学 第1回

英国オックスフォード大学、博士課程に在籍されている山田さんに連載記事を書いていただきました。伝統ある名門オックスフォード大学とはどのようなところなのか?について今回は書かれています。それではお楽しみください。



 

歴史と伝統、そして学問の街‐オックスフォード


英国オックスフォード大学、計算機科学科の博士課程に在籍しています、山田倫大です。現在オックスフォードでは気持ちの良い晴れ空が広がり、1年の中でも殊に美しい季節を迎えています。本稿ではオックスフォード大学全般や計算機科学科、さらにはオックスフォードでの留学生活の様子について紹介していきます。その中で米国大学院との相違点もいくつか考察したいと思います。留意点として、オックスフォード大学は英国の大学の中でも特殊な制度や様式を持つため、英国の大学の記述として一般化できない部分があること、及び博士課程の描写はあくまで自分の専攻に限ることを挙げておきます。

1.オックスフォード大学


オックスフォード大学は英語圏最古の大学です(世界的には3番目に古い)。 自然発生的な成り立ち(学者・学生が自主的に研究・教育を始めた)ゆえに創立時期は明確ではありませんが、少なくとも1096年には講義が行われていた様です。これは日本の平安時代にあたることを考えると、その歴史の長さを実感できると思います。日本や米国の典型的な大学の様に、キャンパスと呼ばれる塀で囲まれた敷地や正門などは存在せず、学部や寮の建物が街の中に散在しています。例えば、本屋の隣に寮があり、カフェの向かい側に学部の建物がある、ということがよくあります。これは大学の自然発生的な創立の経緯のためであり、街と大学がともに徐々に発展してきたという歴史を物語っています。 また、数多くの著名な学者や政治家を排出し、多くの学問分野において世界トップレベルの評価を有する大学でもあります。現在の学生数は21622人(学部生11772人、大学院生9850人)で男女比は概ね半々です。特に大学院では、世界中から優秀な学者や学生を集めようという姿勢が貫かれており、実際に数多くの留学生が集まり国際色豊かな活気のある環境を形成しています。大学院生の国籍の比率を見ると、その半数以上(約62%)が留学生であり、米国(1486人)、中国(908人)、ドイツ(788人)、カナダ(395人)、インド(381人)、オーストラリア(300人)、イタリア(295人)、フランス(243人)、シンガポール(228人)、アイルランド(225人)といった国々を中心に、世界140以上の国や地域から学生が集まっています。残念ながら日本人はかなり少数です。学部生の場合は英国出身の学生が大半で、留学生は全体の16%程です。

1.1.カレッジ

オックスフォード大学の特徴として特筆するべきものの中に、カレッジ(イギリス国内はおろか世界中を探してもオックスフォード大学とその双対と見なされる英国ケンブリッジ大学にのみ存在する)という概念があります。英単語のcollegeの一般的な意味とも異なるため、これと区別するためにコレッジと呼ばれることもあります。カレッジは学生寮と教育機関としての機能を併せ持った概念で、学部・学科とともにオックスフォード大学を構成する基本単位です。背景には、自然発生的に研究・教育活動が始まった結果、カレッジという単位の中でこれが行われるようになり、その後にこれらカレッジ群を包含するオックスフォード大学、さらには学問分野毎に学部・学科という概念が作られたという歴史があります。

カレッジの寮としての側面から記述します。現在オックスフォード大学には39のカレッジが存在します。全ての教員・学生はいずれかのカレッジに所属し、そこで生活を共にします。カレッジの学生数は200-300名程度、最大のSt. Catherine’s Collegeでも学部・大学院生合わせて約700名です。カレッジは宿泊施設の他、食堂、礼拝堂、図書館、団欒室などを備えており、学生の生活の場として機能しています。これらの施設はカレッジ毎に大きく異なり、例えば700年以上の歴史を持つカレッジの食堂は歴史と伝統の重みを持つ荘厳なホールである一方、創立数十年のカレッジの食堂は綺麗で新しく、通常のカフェテリアや学生食堂に近いものとなります。さらに各カレッジは経済的に独立しており、篤志家や卒業生からの寄付、及び学生からの徴収を基に独自に運営されています。催し物や各種会議、講演などもカレッジ単位で頻繁に行われ、共同体としての様態を持っています。小説ハリー・ポッターシリーズの世界で、魔法学校の生徒は教員とともにそれぞれの寮で寝食を共にしながら学びます。この様子を思い浮かべて頂くと、カレッジという特殊な概念のイメージを掴んでいただけるのではないでしょうか(もちろん箒に乗って空を飛んだり、呪文を唱えたりすることはありませんが)。

同時にカレッジは教育機関としての側面も持っています(特に学部生の教育はカレッジを中心に行われます)。しかしオックスフォード大学には学部・学科も存在し、これらがカレッジと相補的に機能しながら教育・研究活動が行われます。大まかに言うと、試験や(多くの学生が講義室で聴講する形式の)一般的な授業は学部・学科が管理・運営し、チュートリアルと呼ばれる指導教員が学生数人に対して個人指導を行う形式の授業はカレッジによって行われます。大学院生の場合は、チュートリアルを含めほぼ全ての研究・教育活動が学部・学科で行われるため、カレッジは専ら生活・社交の場として機能します。ゆえに、学部生にとってはカレッジの選択は私生活のみならず、学業にも大きく影響しますが(カレッジに依って入学難易度や学生・教員の質は大きく異なる)、大学院生にとってカレッジの選択が学業に直接影響を及ぼすことはほとんどありません。

このようなカレッジの魅力は、専攻の異なる学生との出会いや共同生活にあります。学部・学科では専門が同じ学生と接することになりますが、カレッジでは異なる学問分野を専攻する学生と知り合うことができます。自分と異なるタイプの人と接することは単純に楽しいですし、彼らから学ぶことも多いです。また彼らの話を聞くことで、自分の専門以外の分野についての見識を広げることができます。さらにこれはカレッジに限ったことではありませんが、世界中から集まる優秀で情熱を持った学生と知り合うことは、よい刺激となります。自分と同じように学問に情熱を抱き、努力を重ねる人々とは、例え国籍が違ったとしてもよき友人同士となることが多いと実感しています。これは留学の大きな醍醐味の1つだと思います。

軽食や飲み物とともに団欒の時を楽しむお茶会、コンサートやピクニック、さらにはBOPと呼ばれる仮装パーティーなども定期的に開催され、勉学に疲れた学生たちの憩いの場としても機能しています。また著名な学者の講演や、タイムリーな時事問題に関する会議など、知的好奇心を満たす機会も多くあります。特筆するべき点は、これらの運営は基本的に学生によって行われているということです。自分は手作り感も含め、その主体性を非常に好ましく感じています。カレッジは、学生が共同体を形成し、互いの絆を深めながら自治していく場なのです。

1.2.伝統

オックスフォード大学はその長い歴史の中で培われた伝統を頑なに守り続けており、その伝統がこの大学を(ケンブリッジ大学とともに)ユニークな存在としています。先述のカレッジの存在もまさにこの伝統の賜物です。サブファスクと呼ばれる学校指定のガウンもオックスフォード大学の伝統の1つです。学生はこれを身に着けて入学式と卒業式に出席します。これらの日にはサブファスクを着た学生が街に溢れ、古き伝統の中にも若さに満ちた活気を放ち、特別な雰囲気を醸し出します。この様子を一目見ようと、観光客が多く訪れる日でもあります。入学式や卒業式に制服を着用することはそれ程驚くべきことではありませんが、何と定期試験の際にもサブファスクの着用が義務付けられているのです。試験会場に入った後は着用の義務はないため、初夏の試験の際には暑さのためにほとんどの学生が教室に入った途端サブファスクを脱ぐそうです。世にも珍しい“着用する”パスポートが試験会場に入る際に必要であるということでしょうか。

このような不便にも関わらず伝統を貫くところもオックスフォードらしいと言えるでしょう。さらに言えば、古いものほどよいと考え、制服が大好きな(?)英国人らしいとも感じられます。また各カレッジがそれぞれのダイニングホールにて週1回ほど開催しているフォーマル・ホールと呼ばれる晩餐会も伝統的なものです。男性はスーツ、女性はカクテルドレスを纏い、普段のメニューよりも豪華なコース料理を楽しみます。ちなみに映画ハリー・ポッターシリーズの中で、魔法学校のダイニングホールにおけるシーンの撮影が行われたのは、Christ Churchというカレッジの食堂です。このように、歴史あるカレッジの食堂は映画の世界さながらの雰囲気です。

歴史ある建築物に囲まれ、このような生活環境の中に身を置いていると、時折中世の世界に迷い込んだような感覚を覚えます。商店街にファストフード店があるのですが、そのミスマッチ感が何とも言えません。また、オックスフォードとロンドンを結ぶ直行バスがあるのですが、そのバスがロンドンに到着する度に、現実世界に戻ったような気分になります。列車で魔法の世界と現実世界を行き来するハリー・ポッターの気持ちが分かるというものです。

第2回へつづく)



今回はオックスフォード大学についてご紹介していただきました。留学を目指されている方の中には留学生活に不安を感じている方も多いと思います。次回はオックスフォードでの生活についてご紹介していただきます体験談を元に書かれていますのでネットではなかなか知ることのできない情報も満載です。ご期待ください。


image By ChevronTango [Public domain], via Wikimedia Commons
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2014年6月22日日曜日

アカデミア永久職獲得まで(6) 話し方とオンライン面接を考える

アカデミアでの永久職獲得を目指す就職活動についてお伝えする連載の第6回です。

最終回の今回は、実際の面接(インタビュー)のポイントをケンブリッジ大学の今村さんにご紹介いただきます。英語での面接というだけで、母語話者でない日本人にとってはハードルが高くなりますが、相手に与える印象に気を配るこつは日本語での面接とも共通するところがあるそうです。

さらに、近年増えてきているSkypeを活用したオンライン面接を自然にこなす上で知っておくと良い点もまとめていただきました。細かいことを一つひとつ丁寧に積み重ねて、大切なオファーを勝ち取りたいですね。



15.話しをする上でのポイント


インタビューでの応答についてよく言われるのは、ネガティブな内容・表現は避けるということ。公募先が自分にとって最適であることを発言する際に、日本やこれまで関わった環境を暗にでも批判するようなことは言ってはならない。研究を行う上での不合理や問題などあげればどんな環境でもきりがないだろう。しかし、「問題があるから外に出たい」という思考を暗示することはNGである。常にポジティブ思考で、どんな環境にも感謝の念を抱き、探究心が溢れんばかりといった様が自然と発せられる様な自分を日頃から心掛けていたいものである。

面接時に私が具体的に心掛けたことの1つは、NotやNeverなどの言葉は絶対に使わないことであった。さらにHoweverやBut等いかにもネガティブな言葉が続きそうなニュアンスを一瞬でも連想させてしまいそうな単語は避ける。なるべく柔らかい表現を心掛ける。こうした点については英語を母国語とする人向けの、英語に関する書籍にもよく記載されている。

日本語での会話を考えても、返答の第一声が「いや・・」「でも・・」となれば、それに続く内容がなんであれ、あまり良い印象を与えない。言語の種類を問わず、話し方次第で良い印象・悪い印象をコントロールすることはできる。そういった事について、日本語でおさらいしておくと、英語の会話でも気をつけるべき部分がより明白となって良い。

英語が外国語である以上は、その癖や様々な深い表現法などを、ある時点で意欲的に追及していく必要がある。博士の学生について言えば、科学のコミュニケーション能力を養う機会を指導教授が設ける事が稀にあるかもしれないが、博士研究員に対してそうしたアドバイスをする事は私の知る限りほとんどない。博士研究員はそういったスキルを既に身につけていることが前提になっているからだ。博士研究員が期待されているのは何よりもまず即戦力や生産力であるものの、言語能力が就職面接において結果を出すのに必要不可欠なのは間違いない。

北米の大学院に所属すると、科学論文を批判的に吟味する経験を多く積むといわれる。当然、教授は研究の批判には長けている。しかし私がこれまで参加した学会などの公の場では、当の教授たちが批判的に議論することは滅多にない。おそらく、一流の研究者たちは批判的な議論を研究室のミーティングで行い、一方で学会では批判的なことを言わず建設的に要点を抑えながら話をリードする。面接時に要求される技量の一端だと思う。

日々のディスカッション、研究者とのインタビュー、学会での発表や質疑応答でもヒントが多く転がっている。場数を踏んで、どんな様子・英語表現がポジティブな印象、ネガティブな印象を与え得るか理解して、よい部分はどんどん吸収していきたい。

前回、インターネットで面接相手の動画などを検索するとよいことを述べた。英語で議論を重ねることについても同様と思う。学会やセミナーなどの動画を探せば、欧米の科学者がどのように発表をし、どのように質疑応答をこなすのかまで観覧することができる。よい例、悪い例が散在していると思うが、私としては日本人の感覚で印象がよければ概ね問題ないと考える。そして、内容を学ぶ視点を、イントネーションや口の動きといった会話の科学を読み解くような視点に切り替えて視聴してみるとよいのでは。


16.オンラインの面接


ケンブリッジ大学以外の研究機関とも、オンラインでの面接の機会を得ていた。最初に書類選考が通った公募の機会では(第1回参考)、スカイプを使っての面接を経験したのだが、その時はポジションのオファーもなかった。その後のオンラインの面接の機会では、幸いなことにオファーを得るに至った。同じオンライン面接で合否が分かれた理由は知りえないが、一方でオファーを得たことでオンライン面接に苦手意識を持つことがなかったのは幸いだと思う。

技術の進歩のおかげで、これからオンラインを通じて面接の機会も増えていくだろう。(就職関係だけでなく共同研究のミーティングやセミナーでも同様である。)オンラインを通じての面接は独特のものがあるためここに記載したい。

ハーバード公衆衛生大学院のキャリアサービスのオフィスにはオンライン面接の手引きがある。しかし、その内容はカメラのセットアップの重要性、身なりを整え、きれいな部屋を事前に予約して、試運転をしておく重要性などが記載されているのみ。こうしたことは、常識やマナーの範囲で当然といえる。その手引きは役立たずだった。以下は、その手引きには書いていなかったがきっと役に立つであろう事柄である。

オンラインの面接では履歴書やオンライン上のプレゼンテーションの資料を送ることになる。まずは大きくページ番号を記す。基本的なことだが、いつも以上に大きくする。意識していることが伝わるくらいでいいと思う。面接時にスライドのコピーや履歴書を提示する際には、もしかしたら自分から「○○ページをご覧ください」などとお願いする機会があるかもしれない。この際に、ページが無かったり、判り難かったりという事は是非とも避けたい。きちんとシミュレーションしていた通り流れが途絶えないよう、できるだけ気を利かせておきたい。なぜなら、オンライン面接では自分が見てほしいページを、相手が見ているか確認できないからだ。

二点目は、違和感を受容すること。通常、自分が話をする時に相手の目を見て話す事ができれば、内容が伝わっているかどうか簡単に判断できる。それだけでも安心できる。しかしオンラインの面接だとそれができない。面接官である教授がこちらのためにわざわざカメラ目線にしてくれることはないので、自分の話す内容が伝わっているのかどうかいまいちよく判らなくなる。そういった不安や日常の癖もあって、視線を合わせようとしたり、様子を窺おうとして、ついついディスプレイを見てしまいがちになる。しかし、視線が合うはずもなくただ焦りが募ってしまう。まずはそんな状況に対して心の準備をしておくとよいだろう。

三点目は、相手の目を見て話をする「振り」をすること。面接相手の教授にカメラ目線で話してくれと言う訳にはいかないが、自分の視線をカメラに向けることはできる。自分がカメラを見る事で面接官は自分と目が合った状況となり、同じ言葉でも説得力を持たせる事ができるのは間違いない。実際、私がカメラ目線を維持した際の反応はそうしなかった時と明らかに違った印象がある。また、カメラを面接相手に見立てることで、何よりも自分自身が集中できたように思う。

オンラインでの面接がなぜ違和感を抱かせるのか、私自身は複数回経験してやっと理解できた。先に記した様に、視線を合わせる事が難しいことで相手が自分の会話を理解しているかどうか確認しにくい事や、相手が頷いていたり、飽きていないのかどうかを確認しにくい状況が、こちら側の不安を掻き立ててくるからだ。 しかし、こういった事も全ては慣れだ。実践で場数を踏まなくても、心得ておけば数回のシミュレーションで対応できるようになると思う。


17.最後に


博士研究員の際に続けた就職活動について、有効な考えなのではないかと感じつつ就職活動中には振り返ることがなかった事柄について数回に渡り書かせて頂いた。キャリアを構築していくためには、面接する機会が必ず巡ってくる。そして面接官になったり、学生を指導したりする立場を担うこととなる機会も増えると思う。そんな時、頭の片隅でひょっこりこの体験談が顔をだして参考にして頂ければと思いキーを叩いた。

また何よりも近年の研究者の就職難が念頭にあった。研究者の中には、研究に没頭していながらも業績が思うように伸びず、気づいた頃には、就職活動に時間を掛ける余裕を失い、手探り状態のまま時間が過ぎ、大事な機会を逸して研究生活の危機を迎える人などいると思う。この寄稿が少しでもそういった状況を回避する役に立てばと願っている。

(おわり)

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編集後記

アカデミアでの永久職獲得を目指す就職活動についての全6回の連載、いかがでしたか?編集者の私自身も興味深々の内容で、ついついストーリーに引きこまれながらの編集となりました。読者の皆さんにとっても、楽しく、ためになる連載をお送りできたならこの上ない幸いです。執筆者の今村様には、9月頃に初稿をお送りいただいてから、時間をかけて校正にご協力いただきました。お忙しい中、連載の原稿をご寄稿いただき、さらに文章を鍛えあげてくださった今村様に、心より御礼申し上げます。


第1回 あなたがハッピーになるため
第2回 自分を繕わずにアピールして
第3回 勢い余って話し過ぎないこと
第4回 Keep Calm and Carry On
第5回 対面面接のヒント
第6回 話し方とオンライン面接を考える

 

 執筆者プロフィール


今村文昭 (Fumiaki Imamura)
Investigator Scientist
MRC Epidemiology Unit
Institute of Metabolic Science.
University of Cambridge School of Clinical Medicine

略歴
BS at 上智大学理工学部 化学科 理学士
MS at Columbia University College of Physicians and Surgeons,
  Institute of Human Nutrition
PhD at Tufts University, Friedman School of Nutrition Science and Policy,
  Nutritional Epidemiology Program
Post-doc training at Department of Epidemiology,
  Harvard School of Public Health

image courtesy of Stuart Miles / FreeDigitalPhotos.net
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発行責任者: 石井 洋平
編集責任者: 日置 壮一郎
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2014年6月8日日曜日

アカデミア永久職獲得まで(5) 対面面接のヒント

アカデミアでの永久職獲得を目指す就職活動についてお伝えする連載の第5回です。

就職活動では多くの場合、面接があります。面接は履歴書に書かれていない内容をアピールできる格好の機会ですが、限られた時間の中で効果的に自分のことについて伝えるには、どんな点に気を遣えば良いのでしょうか?面接の間だけでなく、日頃から準備できることもたくさんあるそうです。

今回は、対面面接のヒントをケンブリッジ大学にて栄養疫学を研究していらっしゃる今村文昭さんにご紹介いただきます。




面接のときに受けた質問などの内容とそれに関する考察を紹介したい。当然、研究の方法論などの特定のものもあったが、それでも一般化できるように抽出した。


12.簡潔に述べる


ケンブリッジ大学の面接の数週間前、5分間で研究内容を紹介するように指示があった。これまでの研究を短い時間に解り易くまとめるのは至難の業だったが、まずは要点を絞って原稿を作り、それから抑揚から視線、身振りなど、自分が思い描いた流れを叩き込むように常にシミュレーションをして過ごした。5分間で自己紹介をするというのは、興味を惹く内容「だけ」を効率よく伝える必要がある。思い起こせば、この点について、ケンブリッジ大学の前の面接の機会では私は失敗していた。

しかし、実際の面接では5分間で話をするということ自体が忘れ去られていた。教授たちは、履歴書などを眺め、それらに基づいて質問をしてくる形となった。これまでの経験、論文の内容や方法論の解説、どんな意義があるのか、苦労した点について問われた。想定していた殆どの事が実際に質問され、シミュレーションは予想以上に役に立った。

面接という限られた機会で、一つの研究についてのみ述べるのはもったいない。自分自身をアピールできる内容はできる限り網羅したい。しかし、面接官が自分の研究について興味をもって頷いている様子がうかがえれば、それに合わせてより深い考えを伝えようとしてしまう。面接官である教授もそこは科学者、本来の役割より科学的好奇心が勝ってしまうことがあるようだ。好奇心から更に踏み込んで質問をしてくるとなれば、なおさら話は弾んでしまうだろう。それに喜んで応じることも可能だが、特定のことばかり話すことは
冷静に考えればやはりNGである。

博士の学生でも博士研究員でも、自分の研究の醍醐味や知識、業績などをここぞとばかりに伝えたくなる事と思う。だから、どこまで述べる必要があるのか、不必要な部分がどこかを判断しておかなくてはならない。マニアックに過ぎる事を情熱的に発言したりしないように自制する事も心がけておかなくてはならないだろう。私の場合、複数の面接で重要な内容を超えて話しすぎた質疑が確かにあった。そうした経験を経て、ケンブリッジ大学での機会では要領よく答える事ができたと思う。

面接室に向かう際に、一瞬「エレベーターピッチ」(エレベーター内で会った上司に自分のことをアピールする)という言葉を思い出した。いつだったかエレベーターピッチができるように薦められた事があったが、私は実際の経験でその重要性を知った。履歴書を更新するときなど、自分の業績や経験を見直すことになる。そんな時、自分自身をどう他人に簡潔に伝えるか考え口に出してみるのがよいと思う。


13.なぜ日本ではなく英国なのか。教授職に就くならどこがよいか。


インタビューでこんな質問も受けた。私は、
 「日本は長寿国で食文化が成熟し、優れた栄養学者・疫学者も多くいる。
  そこでさらに欧米で培われている科学を日本の栄養学に還元できれば
  さらなる発展も見込める。その橋渡しができるようになれたらよい。」
というような内容を答えた。さらに英国にこだわる理由としては、
 「英国特有の栄養政策や疫学の研究体制は世界にも知れ渡っているほどなので、
  その根幹に関れたらよい。」
と伝えた。私の専門領域である栄養学や疫学ではある程度、土地柄があるためこうした答えが妥当なところだろう。特に明確な考えを用意していたわけではないが、無難な答えを述べることができたと思う。実際に“Good answer!”という言葉を教授の一人から戴いた。もっとも、前回の投稿を読んで頂いている方々には私が英国を選んだきっかけが他にあった事はバレてしまっているけれども。

有体に言ってしまえば、イギリスの栄養政策のことなどは自分の研究には全く関係がなかったのだが、世界でも主要な栄養政策くらい知っておきたいと関心を寄せていた経験が実った形だった。また私の専門領域では、メディア受けする研究が流行り、学生・研究者の数が膨れ上がり捏造の問題が生じたりしている。そんな状況の中で同時にどのように研究領域で生き残っていくのか面と向かって考えていかなくてはならない。そして大きな声では言わないものの、教授陣は研究領域の社会問題にそれぞれ一家言あるようだった。そういった問題意識が同調した瞬間が確かにあった。


14.答えの無い質問に対する対策


ケンブリッジ大学に限らず複数の面接にて予想していなかった質問が必ずあった。直接的ではなく間接的にでも、科学者としての考え方や姿勢を問うものだ。あまり耳にしてこなかったが、結果的によい対策となっていたことをここに挙げておく。一つは特定の専門誌のEditorによる問題提起、NatureやScienceなどのキャリアや研究に関する記事などに目を通しておくこと。特定の研究領域の展望や一般的な社会問題が具体例を通じて理解でき、考えも整理しやすい。日本人であれば、捏造の問題や原発の問題などは、専門領域を問わず、科学者としての考え方を見直すのによいと思う。欧米の科学雑誌に掲載されるような内容は把握しておきたい。

また面接官である教授の書いた論文などを読むことも有効な対策。研究論文はもちろんだが、教授の関係した研究論文への反駁的な論文にも目を通すと良い。特にインパクトの高い論文には、Letterとして研究者が問題点を指摘したり、応用範囲を示すような論文がほぼ必ずある。さらに近年では論文のウェブサイト上にコメントを残す機能があり、他の研究者の意見を読むことができる。こうした媒体の情報は些細な事柄であることも多いが、中には面接相手の教授をうならせるであろう内容も含まれている。雑誌のCommentaryやEditorial、所属先の大学や研究施設からの広報など、その人の考え方、展望がわかるものもまた有効。学会や国際機関が組織する委員会への寄与なども良いと思う。

意外に役に立ったのが、教授たちのインターネットの動画やラジオの記録だった。捜せばでてくるものだ。インターネットで検索してみるとよいだろう。どんな考えを持っているのかはもちろん、その人がどんな声なのか、どんな調子で話をするのか、そういった事に触れることができる。たとえば医師として社会医学に携わってきた教授などを前にすると、その教授の基礎科学についての考えを理解した上で話をするのとしないのとでは大きな違いがある。どんな分野の研究者でも、研究領域の社会問題だけではなく、基礎と応用、研究と社会との距離や関係、キャリアについての考えを持っている。その考えに前もって触れる機会、特に生の声を聴いて知る機会はとても貴重だ。

研究に勤しんでいると、研究と直接関係しない情報を得るのはなかなか難しい。それらに普段から触れておくことも重要なのだと思う。近年の研究領域と社会との関係を思うと、そういった研究とは関係ない情報に敏感になることも、近年の博士課程、博士研究員として歩む道のりにおいて教育・トレーニングの一環として要求されていることのように感じている。

次回には話しをする上でのポイント、オンライン面接について触れたい。

(第6回へ続く...)

第1回 あなたがハッピーになるため
第2回 自分を繕わずにアピールして
第3回 勢い余って話し過ぎないこと
第4回 Keep Calm and Carry On
第5回 対面面接のヒント
第6回 話し方とオンライン面接を考える

 

執筆者プロフィール


今村文昭 (Fumiaki Imamura)
Investigator Scientist
MRC Epidemiology Unit
Institute of Metabolic Science.
University of Cambridge School of Clinical Medicine

略歴
BS at 上智大学理工学部 化学科 理学士
MS at Columbia University College of Physicians and Surgeons,
  Institute of Human Nutrition
PhD at Tufts University, Friedman School of Nutrition Science and Policy,
  Nutritional Epidemiology Program
Post-doc training at Department of Epidemiology,
  Harvard School of Public Health

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2014年5月25日日曜日

アカデミア永久職獲得まで(4) Keep Calm and Carry On


アカデミアでの永久職獲得を目指す就職活動についてお伝えする連載の第4回です。

ラボの教授の後押しもあり、就職活動をスタートされた今村さん。スカイプ面接の予定を、直接訪問へと切り替えてケンブリッジ大学へ到着しました。PCの不調に見舞われ、早々と面接会場に到着すると、さらに予想外の事態が待っていました。

9.面接では比較される


受付で名札を戴いた際、自分以外の名札がいくつも確認できた。順調に面接の場まできたが、候補者は自分一人ではない事をにわかに意識する。同じような境遇で研究をしてきた者、自分よりも業績がある者、教育の経験がある者、当たり前だが多様な人材が集まってくるのだろう。その中から自分が選ばれるにはどうすればよいのか。答えを出さぬまま、そんな風に漠然とした考えを巡らせながら時を待った。

そもそも面接とはなんだろう。他の候補者が自分より遥かに経験豊かな場合が十分考えられるが、業績や教育・研究運営など、その全てを初めから完璧に求めてはいないだろう。また履歴書的な勲だけが採用の決め手になるならば、端から面接など必要ないだろう。故に、履歴書を精査しながらも、最終的には実際の人物と対峙した際の全体的な印象が占める割合の重要性を感じた。

面接では当然他の候補者と比較される訳だが、必要以上に他者を意識する事は無意味だ。他者ではなく、求められている人物像と今ある自分の長所短所等を冷静に比較しながら改めて自身と向き合う事で客観性が持てる様になり、気持ちもニュートラルになれる。そうすれば会話の中で自ずと長所が顕れ、欠点さえもごく自然に述べる事ができ、面接後の消化不良的な後悔も最小限に抑えられる。こういった思考は普段から癖付けしておくとよいだろう。日頃から自分の性格や長所短所について考えを巡らせておけば、自分の引き出しを的確に出し入れできる様になる。私の場合、それらの重要性をほとんど就職活動を通して身をもって感じ学ぶ事となった。

もっと実践的な体験をしてみたい人は、ワークショップへの参加や擬似インタビューなどに参加してみるのも手だと思う。そういった機会を敬遠してしまう人もいるかもしれないが、「自分が教授になった時の面接の参考にでもしてやるか。」などと、半ば冗談とも本気ともつかない姿勢でも構わないと思う。私も複数の機会に足を運んだことはあるが、私の場合、準備の必要性を理解できたものの、今思えば本当に必要なことは理解できていなかった。しかしやはり全くの無駄ではなかったと思っている。


10.余裕を持つ 


面接の時間まで1時間半ほどあったので、レセプションに置いてある施設の広報などに目を通す余裕があった。早く来てよかったと安心したのも束の間、しばらくして予想もしなかった事態が起きた。

レセプションの秘書の方が何度も電話を受けていて何やら慌しい。するとそこへウェブで一方的に顔を認識していた面接相手の一人である教授がやって来て、私は反射的にペコリとお辞儀をした。それから教授は私が何者か秘書に確認してから近づいてきて丁寧に挨拶を交して下さった。そしておもむろに今から面接を始めても構わないかと訊ねてきたのだ。何と予定よりも一時間以上早い時間だった。驚いた事に候補者1人が遅刻するとの事だった。レセプションへの頻繁な電話は、どうやら遅刻した当人だった様子。

出会うことのなかったその遅刻者が失ったものは面接時間だけでなく、心の余裕、そして自信も希望も喪失したことと思う。たった1時間早く着いただけでその人の人生は変わっていたかもしれない。 心情が解るだけに他人事ながら心が痛んだ。

面接は流れに沿って舵をとるように滞りなく終了した。研究領域の問題意識の共有、自分がどのように貢献できるか、どのような経験が欠けているか、具体的な経験を含めて話ができたように思う。答えに時間を要する質問もあったが、それに対しても会などで見受けられる範囲の対応をとることができた(具体的な内容と、対応した策は次回に詳しく述べる)。

ところで自分でも意外だったのが、この想定外の事態が却って自分の背中を押してくれている様に感じられたことだ。今から思えば今回の出願から面接、採用までの流れには初めから運命めいたものを感じていた。いささか個人的な話で恐縮だが、元々ケンブリッジ大学への志願は純粋数学者であるパートナーの母校で将来共に研究生活を送れたらという漠然とした思いから端を発していて、前のボスに背中を押される(第1話参照)前には掲載されていなかった本ポジションが直後に募集され出したり、その後に起った小さなハプニングも上手に波乗りをする様に自然と乗り越えることができたのだが、これらを意識したのは全てが決定した後だった。就職面接に限らずにそういった運・不運の要素は避けらない。それでも準備を怠らないでいることが大事なのだろうと思う。


11.独立したキャリアを進める意義


面接が済んで施設を後にし大通りを歩いてみる。木々の太い幹が歴史を物語る。秋の英国は4時過ぎには日が暮れ始めていた。とりあえず記念と思いケム川の一画をデジカメで撮る。魅力的な場所は多かったが、また来た際に観て回れたら... 半ば縁起担ぎにそう思う。そしてケンブリッジを後にしロンドンのホテルに向かった。

ホテルに到着後、ケンブリッジ大学の教授から電話したい旨の短いメールが午後5時に入っていたのだが、その夜は電話することは叶わずソワソワしながら就寝。翌朝になって ようやく電話が繋がった時に採用したい旨を伝えられた。今思えば直接電話したいと言っているのだから、そこでピンときてもいい様なものだが、その時は信じられない気持ちのまま快諾したのだった。「君がイギリスを離れる前に伝えたかった。」との気持ちに嬉しさと、早くもヤル気がみなぎった。

ボストンに戻り教授に就職活動が完了することを伝えると、とても喜んでくださった。
3月の学会の後、アメリカを去る方向で合意に達する。自分の研究グループの若手研究者が、競争の激しいアカデミアにおいて永久職を得る。それは彼の指導手腕の証明でもあった。私自身のキャリアステップにはそういった意義もあり、恩返しできたようで嬉しかった。一般的に教授というポジションにとって部下がテニュアを獲得するという事は直接の業績になるという。それを反映してか、3月の学会では多くの方が教授と私の両方とを祝福してくださった。 

次回(第5回)は面接時の質問などの内容とそれに関する考察を紹介します。

(第5回へ続く...) 

第1回 あなたがハッピーになるため
第2回 自分を繕わずにアピールして
第3回 勢い余って話し過ぎないこと
第4回 Keep Calm and Carry On
第5回 対面面接のヒント
第6回 話し方とオンライン面接を考える

 

 執筆者プロフィール


今村文昭 (Fumiaki Imamura)
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MRC Epidemiology Unit
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略歴
BS at 上智大学理工学部 化学科 理学士
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Post-doc training at Department of Epidemiology,
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2014年5月11日日曜日

アカデミア永久職獲得まで(3) 勢い余って話し過ぎないこと

アカデミアでの永久職獲得を目指す就職活動についてお伝えする連載の第3回です。

ラボの教授の後押しもあり、就職活動をスタートされた今村さん。
博士研究員(ポスドク)と永久職(テニュア)では、求められている素質、面接官、そして面接の内容も変わってくるそうです。面接のストライクゾーンに投げ込むには、どのような背景を知っておくことが大切なのでしょうか?

就職活動はいよいよ正念場、現在のご所属先であるケンブリッジ大学へ向かいます。




6.ケンブリッジ大学の公募


数々の偉人や世界最多のノーベル賞受賞者を輩出している英国ケンブリッジ大学。800年の歴史を湛えるこの大学に公募が出ていないかまめに調べ続けていたのは、そこが純粋数学者であるパートナーの母校だからだ。秋も半ばとなった頃に、栄養疫学のポジションを見つけたのだが、これほどまでに自分の経験にマッチする公募はそれまでになかった。どこか運命めいたものを感じた。慎重に書類を用意しメールで送信すること数日。公募を出した教授から本面接の前に一度電話で話したいという旨の連絡を頂いた。メールの文面から、招待を前に何かしら感触を掴んでおきたいという意図が伝わってきた。教授にとっては気軽な電話会議なのだろうと思われるが、自分にとっては人生を変える可能性のある機会であった。

電話での会話は想像以上に自分の経験と疫学の方法論に関するものだった。口答試験を彷彿とさせる会話で、日ごろの議論と差異はなく無難に乗り切った。

数日してケンブリッジ大学から面接に関するメールが届く。昨今のトレンドなのか、スカイプを使ってのオンライン面接なるものが予定された。「そんなものか…」と思い、実際一度はそれで承諾してしまったものの、英国の教育・文化をよく知るパートナーから、スカイプを撤回し、訪問して直接会って面接をしたい旨を伝えるべきだという提案を受ける。確かに、スカイプを使った会話の微妙な違和感に伴うリスク(経験済み)を負う事はこの機会では避けたかったので、その提案のとおりこちらの意思を伝える。少々厚かましいのではないかとも考えたが、それは杞憂だった様子。ケンブリッジ大学側は、快諾して面接の時間を調整して指定して下さった。考えてみれば、本来なら大学側も慎重に人選をしたいわけだから候補者の人柄などはできる限りもっとも判断しやすい機会を設けたいのだろうが、様々な遠方から応募してくる場合の負担などを考慮しているのだと思う。


7.面接の違い・・博士研究員(ポスドク)と永久職


タフツ大学で博士が授与された頃、ちょうどハーバード大学公衆衛生大学院にてポスドクになるための面接を行った。面接相手は研究グループの教授が選抜したメンバーで、そのグループの研究者と学生、そして別の研究グループの教授であった。そして意外なほどスムーズに採用が決まった。教育への寄与やサラリーについて、今思えばすべき会話もしなかったが、研究者の道を歩むということで合意に達した。

ポスドクでも求められる内容にはばらつきがあることと思う。ポスドクにとって生産性こそ全てという風潮に沿って、それだけが重要視されるかもしれない。その他にも、教育、研究費獲得のための補助的な研究、共同研究運営などがあげられる。ポスドクのための面接では何を重要視するかを研究グループの教授と相談する。基本的に考慮される仕事は教授の管轄する研究グループや授業のプランに留まり、教授の一存で採用が決まると言ってよい。

一方でポスドクを経て次のテニュアトラックに臨む場合、求められる像は異なる。基本的に学科・学部のスタッフの一員としての職を担うことになるからだ。多少のばらつきはあるにせよ、研究だけではなく、プログラムの運営など範囲の広い貢献が期待される。数年間のポスドクを経ても、そういった全てを担える経験が備わっている事はほぼなく、それは面接する側も理解している。だから面接ではこれら全てを担えるか、その素養を計られる(国立研究機関などであればまた変わってくるとは思うが)。要は研究グループへの貢献だけではなく組織への貢献の期待。恐らくはこの点がポスドクの面接とテニュアを得るための面接の大きな相違点と思う。テニュアを得る際の面接では、この違いを明確に理解して、自分に何が欠けていてそれを補う意欲、補わなくては話にならないという理解を明示する。

またこの違いは面接官の違いからもよくわかる。研究グループの一存で決まる場合、そのグループの教授だけ、或いはそれに加えてそのグループのメンバーが面接官。しかし、組織への貢献を求められる面接では、学科長や学部長、大学内の異なる研究機関の教授が面接官となる。私がとあるポストを狙った際のインタビューでは栄養学系の研究部門・教育部門の教授それぞれ1人ずつ、医学部、歯学部、薬学部の教授という顔ぶれであった。自身の研究の話だけではなく、広い視野をもち医学教育や社会に貢献する意欲が明確に求められていた。

複数領域にまたがる面接官数人を前にする。他の研究領域に詳しくはないものの、科学者としては一流。そんな人に簡潔に的確に研究内容を伝える。そんなスキルが試されていた。たとえば基礎科学者・医師・政治家それぞれに、自分が専心してきた研究をどう話すだろうか。そんなバラバラな3人が一緒に集まったらどのように業績を伝えればよいのか。それもまた普段から慣れていなくてはならない。日頃からその状況を想定して対応できるようにしておきたい。

長年研究に集中していると視野が狭くなる。全くの同分野での会話なら問題ないのだが、一般化して話を伝えるとなると思うように話せない。話せるにしてもつい深く掘り下げ過ぎて他領域の教授を飽きさせてしまう。研究の面白さを語るのみで、自分の経験や研究者・教育者としての倫理観や展望など、伝えるべきことを伝えきれずに限られた時間を消費してしまう。こうしたミスを避けるために、面接では時間の管理も暗に要求される。これは学会の口頭発表などにおける質疑応答などで簡潔な回答を求められることと通じている。

アメリカですごした10年間はそういったスキルを磨く絶好の機会だったと思う。栄養学系、医学系の学会でも研究者や政治家が集って議論を重ねる機会があったり、そんな環境に身を投じたことが、少しずつキャリアステップを進めるのに必要なスキルを培うことにつながっていたと思う。


8.ケンブリッジへ


ケンブリッジ大学での面接は、ポスドクの面接はもちろん、これまでの面接とは違うことを意識した。見慣れた秋のボストン近郊は綺麗で、ケンブリッジへ旅立つ飛行機の窓から見るその景色に身を引き締めた。

有名な話だがケンブリッジ大学には31のカレッジの他、各研究施設などが街中に点在している。まるで中世に紛れ込んでしまった錯覚を起こしてしまいそうな荘厳なカレッジの数々を横目にケンブリッジ大学医学部に着いたのは午前11時半頃。時間に余裕があるので、気持ちを落ち着ける為にも売店のあるエリアで時間を潰すことにした。口頭で5分間、研究紹介をするように事前に指示があったため、用意していた内容を再度確認しておこうとPCを開いて眺める。栄養疫学に長年従事してきて雑多な知見も多いので、勢い余って話し過ぎない事を意識する。

ようやく気分が落ち着いてきたところで、なんとPCの画面が真っ暗になった。ディスプレイのバックライトが切れてしまったのだ。ポスドクを開始した頃から休む事無くフル稼働してくれた相棒が真っ暗に!しかしその余りのタイミングに何か運命を感じ、かえって開き直って早々に面接会場に向かうことにした。かなり早かったが、空気を知るためにレセプションエリアに入り、面接予定であることを告げると訪問者としての名札を受け取って名を呼ばれるのを待った。

(第4回へ続く...)

第1回 あなたがハッピーになるため
第2回 自分を繕わずにアピールして
第3回 勢い余って話し過ぎないこと
第4回 Keep Calm and Carry On
第5回 対面面接のヒント
第6回 話し方とオンライン面接を考える

執筆者プロフィール


今村文昭 (Fumiaki Imamura)
Investigator Scientist
MRC Epidemiology Unit
Institute of Metabolic Science.
University of Cambridge School of Clinical Medicine

略歴
BS at 上智大学理工学部 化学科 理学士
MS at Columbia University College of Physicians and Surgeons,
  Institute of Human Nutrition
PhD at Tufts University, Friedman School of Nutrition Science and Policy,
  Nutritional Epidemiology Program
Post-doc training at Department of Epidemiology,
  Harvard School of Public Health

image courtesy of digitalart / FreeDigitalPhotos.net
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