2018年11月25日日曜日

【2014年9月配信記事より】探究せよ、真理こそ我らのしるべなり

※今回は過去のメルマガから人気の記事をピックアップして配信しています。

未だにはっきりと覚えている幼い頃の記憶がある。それはどこかの遊技場でのこと。一つの大きなブラウン管テレビの向こう側に時代遅れの白黒アニメが流れていた。人間以上に人間臭い心を持つくせに、壊れるとその中身はただのガラクタの塊でしかないロボットという存在に動揺しつつも魅せられ、そしてその姿はしっかりと心に刻みつけられた。それが鉄腕アトムであった。あれから20年、僕は高専で情報工学を学び、アメリカの大学でコンピュータサイエンスと心理学を専攻し、そして今オックスフォード大学の博士課程で計算神経科学の分野に携わりながら、あの頃にぼんやりと思い描いた夢を未だに追い求めている。



実を言えば一度だけ、高専時代にそれをもうやめようと思ったことがある。そろそろ自分も現実的な将来を見据えて生きていかなくてはいけない、と考え始めていた。しかし、そんな時にしたアメリカの高校での1年間の交換留学がそんな自分を思いとどまらせた。僕の通ったアメリカの高校では、授業の履修は基本的に選択制で、学生は皆学びたいことを自らの意志で選んで学んでいた。どの授業もインターラクティブで刺激的で、またどの学生も自分の意見を持ち、それを発言し議論できることに驚かされる毎日だった。一方で、彼らはよく遊び、スポーツもし、音楽もし、切り替えも効率もとてもよく、今まで自分が見ていた世界がいかに小さいものであったかを気付かされた経験だった。同じ世代の高校生が、「僕は映画監督になるんだ」とか「政治家になるんだ」とか、何の恥じらいもなく堂々と言える姿に心を揺り動かされて、大した根拠がなくたって好きなことを信じて生きたいように一所懸命生きることを選べばいいのだと気付かされた。その時、僕は大学はアメリカに行くことを決意したのだった。そうしてもう少しだけ夢を追ってみようと思ったのだった。

ジャーナリスト櫻井よしこは、彼女の米国での大学生活を振り返って以下のように指摘する。「日本での教育が、あれはいけない、これも問題がある、だからしない方がよいといういわば減点方式と受動に陥りがちなのに対して、米国での教育は完全に加点方式と能動を特徴としている。夢を描いたら挑戦してご覧なさい。こうしたいと考えたらやってみなさい。どんなことでも尻込みしたりあきらめたりしないで突き進んで御覧。他人に迷惑をかけてはならないけれど、自分の責任で、何でもやって御覧、という具合なのだ。」僕が常に前を向き、そして学部時代を本気で頑張ることができたのは、そんなことを象徴するような恩師との出会いがあったからであった。

僕は高専時代、あまり目立った学生ではなかった。授業中に発言するわけでもないし、オフィスアワーに行くわけでもなかったので、成績はよかったけれど自分のことを殆ど知らない教授もいた。今でも忘れないのは、2年生の頃、試験を終えたあとにどうしても腑に落ちない問題があって珍しく教授のオフィスを訪ねたことがあった。教授は僕の顔を見るなり「採点ならまだ終わってないよ。でも誰も落第点とるような試験じゃないから君も心配しなくていいから。」と呆れ顔で言った。普段から試験では良い点をとっていたし提出物はいつも誰よりも先に終わらせていたし、殆どの人が面倒臭がってやらない課題も必ず提出していたのに彼は僕を全く知らなかった。案外そういうことは伝わってないものなんだな、とその時初めて学んだ。

アメリカの大学に入ってからもしばらくはそうだった。ただ「どうせ伝わらない」と思いながらも自己満足のためだけにいつも何でも無駄に2,3割増しで頑張っていた。2年生の前期に履修したトンプソン教授の人工知能のクラスも例外ではなかった。グループプロジェクトが基本のクラスだったのだけれど、他のメンバーが本当に何もやらない。ミーティングにも来ないし、レポートも留学生の自分に丸投げ。このままでは自分の成績にも響いてしまうので、仕方がなく必死で3人分の作業を全部一人でやってのけた。ターム最後のプレゼンを聞いてトンプソン教授はその結果を大絶賛していたけど、何もしなかった2人の方が質疑応答でもうまく話せるものだから「きっと自分がグループの足手まといに見えてるんだろうな・・」と思っていた。

その日の夜、トンプソン教授から「明日オフィスに来なさい。」とメールが来た。一体何を言われるんだろうと狼狽えながら次の日オフィスを訪れると、彼は笑顔で椅子に座っていた。机の上には自分のグループのレポートが置いてあり、その表紙を指さして彼は、「この長いレポート、おそらく君だけで書き上げたんじゃないかな。」と言った。僕は他の2人のことを告げ口するつもりは全くなかったので困って口ごもると、「見てごらん」と言ってそのレポートをめくり始めた。するとページの至る所に赤い線やら文字やらがいっぱい書き込まれていて、「君は独特な英語を書くね。」と僕の不完全な英語をからかって笑った。そして、「プロジェクトに関してもきっと殆ど君一人でやったんだろう。」と付け加えた。僕は相変わらず苦笑いをしていると、「言わなくても昨日のプレゼンテーションで気づいたよ。」とまた笑った。

この日から色々なことが変わり始めた。2年生の後期には、彼の推薦で、彼の教える修士の授業を履修することになった。そこで企業との会議に参加して、初めて学会発表も経験した。またその時に書いた論文がその年の卒論も含めたすべての学内学部生研究論文から、3つの優秀な論文の1つとして選出されたりもした。更にトンプソン教授はその論文を僕の知らないうちに国際学会に提出していて、「ピアレビューを通ったからドイツに行って発表してきなさい。」と言われるがままに一人でその夏ドイツに行くことになった。初めての国際学会に緊張しきってプレゼンは大失敗。申し訳なさそうに帰ってきた僕を迎えたのはトンプソン教授の「初めてのヨーロッパはどうだったかい?」「観光もたくさん出来たかい?」という笑顔だった。そして改まって「僕も初めて授業を教えたときは本当に緊張して大失敗だったよ。だけどそれを繰り返すことで慣れていくんだ。君にはたくさん経験してもらう。」と励ましてくれた。

3年生前期に初めて無名だけれど一応ジャーナルに論文を出すことができた。またトンプソン教授の推薦でComputing Research Association(CRA)の全米からコンピュータ・サイエンス学部生を選出するCRA Outstanding undergraduate Researcher Awardsにノミネートされ、結果運良く優秀賞を授かった。するとその結果を見たウォータールー大学やヨーク大学の教授から是非院に来てくれとオファーが来たり、googleやamazonのリクルーターから連絡が入ったりなんてこともあった。トンプソン教授はそんな僕のことを他の教授に話すことも大好きだったようで、気づけば授業を受けたこともない教授までも自分に声をかけてくるようになっていた。

「案外伝わらないものなんだな」と分かっていながらも、積極的にアピールすることをできなかった僕を彼は見つけてくれた。そして英語もそんなに上手じゃない自分を信じて、次々に色々な機会を与えて育ててくれた。本当に一人ひとりの学生のことをよく見ていて、その成長を自分のことのように喜べるとても素敵な教授だった。彼との出会いがあったから大変さも楽しみに変わった。そんな彼との出会いがあったから、僕は未だに研究を続けていられるのだと思う。

"Veritate Duce Progredi"(探究せよ、真理こそ我らのしるべなり)これは母校、アーカンソー大学の校訓である。将来ずっと同じ夢を追い求め続けているかどうかは、本音を言えば今の時点ではまだ分からない。しかし、ひとつの目標を定めて挑戦し続けてきたことで、見えてくる世界は大きく広がった。やってみたいと思えることがいくつも出てきた。「映画監督になりたい」とあの時目を輝かせて語った友達が、或いは「政治家になるんだ」と胸を張った友達が皆、未だにそれらを追い求めているとは思わない。しかし、それらの夢は彼らの人生の真理を探究するきっかけを与えたことは間違いないと思う。だから夢なんていうのはもしかしたら単なるきっかけでしかないのだと思う。好きな言葉に「夢を見ながら耕す人になれ」というものがある。日々努力を続けても、なかなか変化は目に見えてこない。進めば進むほど、夢はさらに遠ざかっていくようにさえ感じられる。しかし夢を見ている限り耕し続けられる。そして、耕し続けている限り、それは決して無駄になることはない。アメリカには、そこにきっと大きな実を実らせる肥沃な土壌がある。これから留学を考えている皆さんには、どんなことでもいいからまず夢を口にして、そしてそれに向かって一所懸命に挑戦してみて欲しいと思う。

○ 次回の更新は12月下旬を予定しています。お楽しみに!
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著者略歴:

    江口晃浩(えぐちあきひろ)

    豊田高専情報工学科在籍時にAFSを通じオレゴン州の高校に留学し、2008年より米州立アーカンソー大学(フェイエットビル校)に進学。

    2011年にコンピュータ・サイエンス(B.S.)を、2012年に心理学(B.A.)を共に summa cum laudeで卒業。英国オックスフォード大学に進学し、2017年に計算神経科学の研究で博士号取得。

    人工意識の実現を目指すAIスタートアップ、アラヤに在籍後、現在は日本マイクロソフトに在籍。ブログ「オックスフォードな日々 ( hogsford.com ) 」を執筆。

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