今月のカガクシャ・ネットメルマガでは、博士取得を目指している学生や博士を取得して研究者として勤務している人たちが、いつ研究者を志し、どんなふうに情熱を燃やしているのかをアンケートを通して調べてみました(回答総数20件)。カガクシャ・ネットのスタッフや過去のスタッフ、その友人が対象のアンケートですので、すべての研究者を代表してはいませんが、留学に興味を持って準備を進めている方や、留学中にこのままでよいか迷ってしまっている方の参考になればと思います。
高い満足度
まず紹介したいのは、以下4項目の満足度です。カッコ内に「満足」あるいは「とても満足」と回答した人数を示します。
「これまでの進路選択」 | 20人 |
「研究分野・テーマ」 | 20人 |
「自分の情熱・やる気」 | 19人 |
「研究・勉強時間」 | 15人 |
大学(学部)時代に研究者として歩み始める
特に満足度が高い進路選択や研究分野の選定について、さらに詳しく見てみます。こうした満足度の高い選択は、いつ行われるのでしょうか?「はじめて研究者になると意識して進路選択をした時期」と「現在の研究分野の選択に強い影響を与えた人物や出来事と出会った時期」について聞いてみました。左列が進路選択時期、右列が分野選択のきっかけです。
時期 | 進路選択 | 分野選択 |
中学校在学・卒業時 | 2人 | 0人 |
高等学校在学・卒業時 | 4人 | 2人 |
大学(学部)在学・卒業時 | 12人 | 10人 |
修士課程 | 0人 | 4人 |
博士課程(1~2年目) | 1人 | 3人 |
この結果を見ると、大学(学部)在学中や卒業時に研究者としての進路選択・分野選択をするケースが多いことが分かります。なお、研究分野と進路選択の順番を集計した結果は以下の通りでした。
分野が先 | 2人 |
進路が先 | 10人 |
同時期 | 8人 |
科学者・研究者になると決めてから分野を決めるケースが最も多く、次いでほぼ同時期に分野と進路選択をするケースが多いことが分かります。いずれにしても多くの場合、研究者としての第一歩は学部時代なんですね!
大学院に入ってふくらむ情熱、しかし次第にしぼむ
では、科学や研究に対する情熱(やる気・モチベーション)は大学院時代をとおしてどのように変化するのでしょうか?以下では情熱を次のようにスコア化しました。
かなりある | 4点 |
十分にある | 3点 |
少しある | 2点 |
ほとんどない | 1点 |
すでに学位を取得した人(14人)に絞ると、結果は次の通りでした。
学部 | 3.1 |
大学院1・2年目 | 3.5 |
大学院3・4年目 | 3.2 |
大学院5年目 | 3.2 |
学位取得後 | 3.5 |
学部時代よりも情熱をもって大学院に入学しますが、時間の経過とともに情熱がうすれてしまうようです。残りの学生(6人)にも、同様の傾向が見られました。興味深いのは学位取得後に情熱が再び伸びている点です。研究者の情熱を支えるのはいったい何なのでしょうか?
より頻繁に感じるのはやりがいや責任感
そこでまず、仕事の充実感につながる項目について、研究を通じてどのくらいの頻度で感じているかを調べ、次のようにその頻度を数値化しました。
いつも感じる | 4点 |
よく感じる | 3点 |
たまに感じる | 2点 |
まったく感じない | 1点 |
その結果、やりがいや責任感を感じる頻度が、達成感や承認、成長と比べて多いことが分かりました。
何かを達成した | 2.4 |
承認されている | 2.5 |
やりがいがある | 3.1 |
十分に任されている | 3.0 |
成長している | 2.7 |
このうち、学生(6人)と学位保持者(14人)で大きな差(0.4ポイント以上)が見られたのは「成長している」の項目のみでした。「成長している」の項目では学生の平均が3.1であるのに対して、学位保持者の平均は2.4にとどまりました。学生の方がわずかながらも、より充実感を感じていることが分かります。
その一方、これらの結果を現在の情熱が「かなりある」と回答したグループ(11人)とそれ以外の有効回答(6人)をしたグループで再集計した結果、次のような結果が得られました。左列が「かなりある」グループ、中列がそれ以外の回答のグループ、右列がその差(かなりあるーそれ以外)です。
研究をしていて感じること | 「かなりある」群 | それ以外の回答群 | 差 |
何かを達成した | 2.5 | 2.0 | 0.5 |
承認されている | 2.5 | 2.3 | 0.2 |
やりがいがある | 3.3 | 2.6 | 0.7 |
十分に任されている | 3.1 | 2.5 | 0.6 |
成長している | 2.8 | 2.1 | 0.7 |
この結果から、研究で充実感を感じる頻度と研究への情熱に相関があることがわかります。
給与と研究外業務が研究への情熱を削ぐ可能性
次に、科学や研究に対する情熱にそのほかの要因が与える影響を調べました。回答は「強いプラス」「プラス」「特に影響しない」「マイナス」「強いマイナス」の5段階で、以下の表では「強いプラス」または「プラス」の回答数(左列)と「マイナス」または「強いマイナス」の回答数(右列)を比較します。
要因 | 「強いプラス」 または「プラス」 | 「強いマイナス」 または「マイナス」 |
指導教員・上司 | 16人 | 2人 |
家族・パートナー | 15人 | 1人 |
研究集会・学会 | 15人 | 0人 |
研究室の同僚 | 15人 | 0人 |
社会の理解 | 11人 | 2人 |
趣味・娯楽 | 10人 | 2人 |
授業・セミナー | 9人 | 3人 |
給与・待遇 | 9人 | 4人 |
研究以外の業務 | 4人 | 4人 |
指導教員・上司や家族・パートナーが与える影響はプラスであるという回答が大多数でした。また、研究集会・学会や研究室の同僚など、研究を進めるうえで欠かせない要素もおおむねプラスに働くようです。これらの上位4項目に共通しているのは、どの項目も人と人とのつながりであるということです。その一方、給与・待遇や研究以外の業務については意見が割れました。特に給与・待遇については学生(2人/6人)が、また研究以外の業務については学位保持者(4人/14人)がマイナスの影響があると回答しています。
ここまでに挙げた傾向は、現在の情熱が「かなりある」と回答したグループ(11人)とそれ以外の有効回答(6人)をしたグループでおおむね同じでした。しかし、「趣味・娯楽」の項目では情熱があるグループではプラスに働くという回答が過半数を占める一方(7人/11人)、それ以外の有効回答をしたグループではプラスに働くという回答が1名、マイナスに働くという回答が2名でした。
少なくとも6割が理想と考える勤務時間を達成。しかし・・・
最後に、最も満足度が低かった勤務時間(勉強・研究時間)について調査しました。この項目には15人が「満足」または「とても満足」と回答し、5人が「不満」と回答しています。まずは、理想と考える勤務時間と実際の勤務時間について調べました。左列が理想、右列が実際です。
勤務時間 | 理想 | 実際 |
35時間未満 | 1人 | 2人 |
35~45時間 | 6人 | 4人 |
45~55時間 | 9人 | 5人 |
55~65時間 | 3人 | 3人 |
65時間以上 | 1人 | 6人 |
ほぼ半数が45~55時間が理想的であると回答しています。しかし、実際には週65時間以上勤務しているという回答が6件もありました。なお、この65時間以上と回答した6人のうち5人が、理想の勤務時間は45~55時間であると回答しています。
一方、理想と考える勤務時間と現在の勤務時間が同じ回答(勤務時間差が10時間未満)だったのは13人で全体の65%を占めます。この結果から分かるのは、過半数の研究者が理想と考える勤務時間を達成している一方、4分の1の研究者は理想的ではないと考えながらも週に15時間以上の超過勤務をしているということです。
興味深いのは、この5名の「理想的ではないと考えつつ、週15時間以上超過勤務している者」のうち、2名の学位保持者はいずれも勤務時間の満足度を「不満」と評価し、3名の学生はいずれも「満足」と評価している点です。学生は理想的ではないと考えつつも、長時間の勉強・研究が不満と言えるほどではないと考えているようです。
このことはひょっとすると、アカデミアでの慣習が影響しているのかもしれません。同時に行った勤務時間の推移の調査では、大学院1~2年目では7名(35%)、3~4年目では9名(45%)が週に65時間以上、勉強・研究をしていたと述べています。
まとめ
今回のアンケート調査では、調査対象の研究者が高い満足度をもって仕事にあたっていることが分かりました。満足度が高かった研究者としての進路選択や研究分野の選択は、大学在学中か卒業時に行うケースが多いことが明らかになりました。また、研究への情熱は指導教員、上司、家族、パートナー、研究室の同僚など、人に支えられている側面が大きく、給与、待遇、研究外業務などの要素は、研究への情熱を削ぐ結果になりかねないことが示唆されました。研究に対しての情熱が「かなりある」と回答したグループとそれ以外の回答をしたグループでは、研究を通して充実感を感じる頻度が異なり、趣味・娯楽との向き合い方が違っていることが分かりました。勤務時間については、少なくとも6割の回答者が理想の勤務時間を達成している一方、4分の1の研究者は理想的ではないと考えつつも超過勤務をしている実態が明らかになりました。この背景にはアカデミアでの慣習として大学院時代に長時間の勉強・研究をすることが影響している可能性があります。
この結果を踏まえて、研究者がさらにいきいきと研究を推進するために、以下の5点の方策を提案しつつ、この記事の結びとしたいと思います。
- 大学(学部)時代に適切な進路ガイダンスや研究分野紹介を実施する
- 大学院生に一定の裁量を与え、やりがいや責任感を感じさせる
- 研究室内外の人間関係を整理し、健全な研究環境を構築する
- 学生に対する経済的援助の幅を広げる
- 勤務時間が週55時間を超えないような人員配置を実施する
アンケート実施期間 2018年12月上旬
アンケート対象者 カガクシャ・ネットスタッフ、過去のスタッフ及びその友人
アンケート方法 Webフォーム
有効回答数 20件
━━━━━━━━━━━━━━━━━カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
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