2021年6月1日火曜日

「日米大学院比較」対談(1)

清々しい初夏の季節、いかがお過ごしでしょうか。

今回は「日米大学院比較企画」と題しまして、留学先として度々考慮される米大学院を日本の大学院と比較しようと思います。


という訳で、日米の大学院に在籍する学生及びポスドクの方にざっくばらんにお話をお伺いいたしました。当日は内容が多岐に渡り、予定した時間を大幅にオーバーする展開となりました。大学院制度の違いから日米で異なる博士の社会的評価までが浮き彫りに!前置きはそれくらいに、対談をどうぞお楽しみください。




Q.なぜ博士課程へ?

程野:それでは早速ですが、皆様はどうして大学院にいこうと思われたのですか。


國光:私が在籍する信州大学大学院には「リーディングプログラム」と呼ばれる制度があり、米博士課程の様に大学から支援金が出る。この制度がなかったら修士取得後に企業に就職していたでしょう。生活面でのサポートが出たことで、研究職にしばしば求められる博士という学位取得に道筋がたった。あとは、英語が苦手な私を鍛えてくれるなど他の博士課程よりサポートが充実したリーディングプログラムに惹かれた。


湊:私も國光さんと同じ様にリーディングプログラム履修生として博士を取りました。修士に進学して、もっと研究したいなとか、色々な状況が重なって博士まで進学する人が多いのではないかと感じる。私の場合、元々学部生の時に博士に興味をもっており、修士で卒業するのではなく、しっかり研究したいという思いで博士まで進学したという経緯があります。博士号を取る経緯を振り返って、環境って大事だなと思います。私の所属していた研究室では博士課程の学生が多く、学部生の頃から博士課程の先輩を見ていたので、博士課程への憧れみたいなものを肌で感じていました。制度もありますが、そうした博士課程進学を後押ししてくれる環境が大きいのではないかなと思います。



松澤:そういうプログラムがあるんですね。補足をすると、日米では大学院の設計が根本的に異なる。日本では國光さんがおっしゃった様に、修士2年→博士3−4年と陸続きになっている。リーディングプログラムの様に金銭的なサポートがあるプログラムはまだまだ少ない。一方で米は修士課程(1-2年)と博士課程(5-7年)が明確に分かれている。博士課程在籍者にはスタイペンドと呼ばれる給与が出る。


湊:米では修士で卒業する人は少ない印象がある。逆に日本は博士に進む人は少なく、修士で卒業する人の方が多いと思います。大学がというより、米や日本の社会でどの様な人間が求められているかというニーズと関係があるのではないか。


松澤:米の風土を話すと、理系(STEM)の場合、修士課程よりも博士課程に進もうと計画するのが一般的。そちらの方がスタイペンドや授業料免除というメリットがあるから。その分、競争は激しくて、GPAや研究経験が少ないと博士課程には入れない。博士課程に応募したけど、修士なら入ってもいいよと言われることもある。博士課程に入っても、博士を取る前に就職すると大学院が修士号を出して卒業させる。これがいわゆるターミナル・マスター。大きくは、学士→博士課程という流れがあって、学部生は院に行くか行かないかを考えて行動をしている。学士号取得後に博士課程に入りたいが、GPAが低かったり研究経験がないのを補う道具になるのが修士課程という位置付け。


山田(旧姓: 向日):補足すると、これも分野によって異なる。例えば、理学や数学系は博士課程に直接進むのが一般的。一方で、電子工学といった工学系では、日本と同じ様に修士の先に博士課程があるという認識でいいかもしれない。私のいた大学院では学士号を取ってから博士課程に入学もできるけど、9割以上は修士課程に入学してから博士課程に進んでいた。米の大学院によっても大きく違うと思う。





図2. 米大学・大学院制度の概観



Q.日米での博士の就職事情は?

國光:ところで、米では博士の就職はどうなっているのでしょう。日本の場合、経団連の方針で3月1日から企業の広報活動が解禁されるのが一般的。博士の場合だと経団連のルールに縛られないのでフレキシブルに動ける。とはいえ、結果的に私も経団連のルールに従った就活をして内定を頂きました。やはり新卒は強い。「学部4年。修士2年。博士3年」という区切りを意識した就活が日本では根強いと思います。


松澤:米大学院で博士を取得した場合、留学生も米国籍保持者も経るプロセスは一緒です。前者はビザの問題をクリアしなければなりませんが、留学生ビザ(F-1ビザ)を持っている場合はOPTやCPTと言った制度があり、現地就職の門戸は開かれています。経団連が設定する様なルールや新卒カードの概念がない為、自由な就活が行われています。大抵は卒業の見込みがたった1年前頃から、ネットワーキングや面接を学業と並行して行っていきます。私のいる物理学科では恐らく半分は企業就職です。スキル互換性の高いデータサイエンティストやコンサルに行く人も多い。前者の場合では、自分でプロジェクトを進めてネット上に公表することは必須で、研究と同時並行で進めなければなりません。ただ、これは博士に限ったことではなく学士でも修士でも状況は同じです。博士についていえば、就職する可能性のある企業の幅は博士号取得によって増えるという認識です。コンサルはMBAとは別の博士枠を取っていることがあり、企業の研究職では博士号が応募用件に入っていることがままあります。


國光:フレキシブルですね。日本の場合、博士まで行くと、この年まで社会に出れず、もし新卒カードが取れなかったらどうしようという圧力を感じます。学部の1年間だけの研究経験だけだと、企業も研究者として雇ってくれない。一方、博士までいくと、企業が大学に染まっているのが嫌だと毛嫌いされる。修士は知識があり、企業も独自に研修する時間もあるので企業に好まれる、という印象があります。私も就活時に、説明会では学士向けと修士向けの説明があるのに博士はないということがあり、わざわざ担当者に博士が採用されるのかを確認しにいく機会がありました。博士を取ることを前提としていないのだなと。大手では「博士は修士卒社員4年目と同じ待遇」と言われたりもするそうですが、先輩の話を聞く限り修士と博士の待遇で大きな違いはない様に感じられます。先輩の就活談では、「博士だから研究しかしないのでしょう?」と揶揄されて次の選考に進めなかったという話もあります。


山田:日本と米では修士と博士の意味の捉え方が全く異なるのではないか。米では修士号と博士号では目的が全然違う。米では修士が研究職に就くのは相当なレアケースで、基本的に博士号が必要。(米での)修士号にどの様な意味があるのかを考えると、企業での技術職に就く為の学位じゃないかと。日本では修士号の延長が博士号であり、修士の研究を続ければ博士になれると感じている。だからこそ、日本の企業は修士と博士にそこまでの違いを感じていないのでは。もちろん、給料は多少異なるが、研究職でさえ修士で十分と考えている様だ。


國光:修士課程が「博士前期課程」とも呼ばれるくらいですから、私もそういう認識を持っています。


松澤:これは博士課程の内容が日米に置いて差異があるからだろう。米では専門性を高めるトレーニングも当然だが、全般的なプロジェクト遂行能力を開発するのが博士課程の重要な使命。私の経験を少し話せば、必要となる実験器具を評価し、企業と値段交渉もした。各人の博士課程での経験は本当に千差万別で一概に言えないが、プロジェクト毎に動く企業には博士人材の魅力は伝わっているので、研究職以外にも需要が一定度あるのだと思う。



Q.日米の学生について思うところ

程野:國光さんと湊さんは米に研究留学されていた経験もありますが、日米の学生について差異は感じましたか。


國光:私はリーディングプログラムを通して三ヶ月ほど短期留学をしたのですが、米の学生は非常に勉強するなと。図書館に一日中引きこもって、ずっとディスカッションをしたり。山田さんから伺った話では、米では大学院に入ったからといって研究室でずっと研究をしている訳ではない。むしろ、修士までは普通に勉強をして、博士から研究が始まると。日本では大学入学後に勉強に励む人もいるが、期末テストは皆でカンペを回して乗り切る人が多いのかなと。大学院でも勉強する機会はあるが、基本的に研究に重点が置かれている。そのため、日米では大学・大学院入学後の勉強量が明確に違うと感じました。


山田:米の学部生は恐らくGPAをすごい気にしている。学部生で博士課程進学を考えている人は良いGPAが必須なので、図書館に缶詰になることはよくある。博士課程に入ると、最初の2年間はブートキャンプの様な授業をして、在籍者の学力を底上げする。そして2年生の終わりにQualification Examがあって博士候補になれるかどうかが査定される。


國光:日本でも、学士課程→修士課程、修士課程→博士課程に進む際に試験があるが、同じ大学内での進学ならなあなあになっているところはあると思います。基本的には、儀式的な一面が強いのでは。


湊:一概には言えませんが、日本の大学院では目標の違う人たちがいると思います。卒業する事が目標の人。進学する事が目標の人。目標によってモチベーションも変わる。そういった目的や目標が異なる人たちが混在しているのが日本の修士課程じゃないかと思います。そうすると、授業の目的も一つに絞るのが難しいのではないでしょうか。自分の専門性をより高めたい学生たちは結局個人で勉強を進める必要がある。米の様に大学院生全体の学力の底上げする仕組みがあるといいなと思います。


山田:今の話を聞いていて思ったのが、博士課程に入ってくる人たちのバックグラウンドがバラバラというのは日米である程度共通している。だから、入試という点では、日米ではあまり変わらない。筆記試験よりも、志望書やそれを裏付ける推薦状、成績書(GPA)なんかを基に合否が判断されると思う。ただ、入学後には大きな違いがある。日本では、入学1年目から研究を始めることが多い。対して米では、バックグラウンドが異なるのでとりあえず、共通した学問的な土台を形成する為にブートキャンプ的なコースワークが用意されている。これをクリアした人たちのみが研究に進んでいく。


(第二回へと続く)

* 博士課程教育リーディングプログラムとは文科省と大学がバックアップする大学院での長期的なプログラム。分野横断的な講義と研究留学やインターンシップの機会と経済的支援が受けられることが特徴。参考:日本学術振興会ー博士課程教育リーディングプログラム
**経団連は21年度春入社以降の就職採用活動のルールを廃止。
***博士課程への応募用件である最低GPAは大抵が3.0/4.0で、トップスクールには4.0/4.0に近いGPAを持つ応募者が殺到する。



構成のため、対談内容の順序を若干変更してお伝えしました。


対談者のプロフィール:

湊遥香:信州大学大学院博士研究員。専門は高分子微粒子。米ノースカロライナ州立大学院にて客員研究経験あり。

國光立真:三井化学株式会社博士研究員。対談時は信州大学大学院総合医理工学研究科に所属。専門は繊維の構造と物性。

山田(旧姓: 向日)勇介:ノースカロライナ州立大学大学院博士課程修了。専門は繊維・高分子材料。

程野祥太 :クイーンズランド大学大学院博士候補。ニューヨーク大学大学院博士課程に在籍経験あり。専門は超高磁場ヒトMRI。

松澤琢己:シカゴ大学大学院博士候補(物理学)。専門は流体力学とソフトマター。




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 著者略歴:

 松澤 琢己(まつざわ たくみ)
 2016年、米カラマズー大学より学士号(物理・化学、最優秀)。
     物性物理学、高エネルギー物理学、計算論的神経科学の分野で研究
     フェルミ国立加速器研究所ではインターンとして従事。
 2017年、シカゴ大学より修士(物理)。
 2022年、博士号(物理)を取得予定。専門は流体力学。


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発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 山田(向日)勇介
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