2021年6月15日火曜日

日米大学院比較(2021年度版)(2)

 

「日米大学院比較企画」第二回。
前回の投稿に引き続き、日米の大学院について在籍経験者がざっくばらんに掘り下げます。




Q.日米の博士の立ち位置とは?


松澤:社会における博士のステレオタイプが日米社会によって大きく異なる。先に述べた様に、米の博士号取得者はプロジェクト全体をマネージして遂行する能力があると考えられている場合が多い。


湊:日本では(博士課程に進学するために)研究遂行能力が重要視されているように思います。なので、研究遂行能力とそれ以外のプロジェクトをマネージして学生を指導する能力やリーダーシップ能力などを分けて考えている点があるかもしれません。博士号は日本では専門性を担保するもので、それ以外の能力は大きく個人に依存するかなと。


山田:そうですね。米の博士号取得までに大きく3つの関門がある。1つ目はコースワークを突破する。2つ目は、ロジックとタイムライン、必要な予算を算出した上で研究を提案すること。3つ目は勿論、実施した研究をディフェンスすること。研究の提案内容は厳しく審査されるが、通った後は微調整をかけながら研究を遂行していくのみ。そこで求められる(研究遂行)能力は米では意外とあまり求められていないのかなと。研究の提案が学生に依存している部分もあるためか、研究のレベル自体は日本の方が高いかも。米の学生により求められているのは、研究を遂行する能力よりも文献調査などを通してどの様な研究ができるかというのを発案する力。米のラボで実際に手を動かす時間は日本よりも少ないんじゃないかと思う。


程野:悔しいけれど、日本では大学院生は学生の延長だと思われている。米だと大学院生は、日本でいう社会人の立ち位置にある。


山田:米では大学院生時代をやはり職歴と同じように見てくれる場合が多いと思う。先のTAについても、職歴として書くことができる。大学院に行く時点で給与をもらうのは当然だと社会的に見られている。私の場合は入学後にTAやRAの仕事を探した経緯があるが、これはレア。また、「社会人」という概念も日本的だと思う。米では年齢や学生と社会人という立ち位置を意識することは殆どなかった。大学院では就職してから戻ってくる人もいれば、企業に勤めながら通う人も多くいるから、そういうボーダーを感じたことはない。


松澤:そうですね。画一的なパスはありません。米ではG.I. Bill*という歴史的な背景もあり、米大学院生の平均年齢は日本と比べると高い。年齢が30を超えて博士号を取ろうとしてくる人も多く自分の周りにいるし、逆に飛び級を重ねて20代前半で博士を取る人もいる。米は年齢によった差別をしてはいけませんし、何歳までに学位を取らなければいけないという見方をする人はいない。米の大学院生は社会に出て働いている人たちと同じ立ち位置にいるとは思いませんが、「給与が出ないなら博士課程に行くべきではない」というのが私も含めた周りの共通認識です。


國光:米の大学院生には給料が出るのでしょうか。


程野:博士課程在籍者は最初のコースワークを取る段階から授業料免除と給与が出ます。これはPIにもよりますが、TAやRAを通してその対価として給与ができます。最初の2年は学科が給与を出して、その後はPIが給与を支払う場合が多いと思います。


國光:それは羨ましい。修士は当然として、博士も学振DCを引っ張ってこないと金銭的なサポートは基本的にはない。そう考えると、ストレートで博士を取っても27歳まで 給与がないのは辛い。博士まで進む過程で、金銭的なサポートがあるという安心感はやはり得たい。




Q.日米での研究手法と姿勢の違い

程野:日米両方で研究経験があるお二方ですが、日米で研究に対する姿勢やスケジュールに差異は感じましたか。


湊:国や制度ではなく、所属する研究室にもよるかと思います。私が所属していた研究室の先生は米留学経験があるので、既に米らしさを部分的に取り入れた形態になっていると思います。日米を普遍的に比較するのは難しいですが、1日のスケジュールとかは同じかな。国を跨ぐからといって研究について違いはありません。


國光:私は日本では昼夜問わず研究をすることもあったのですが、米に留学していた折に周りが夕方にきちんと帰って自分の時間を大切にしていると思いました。その様な時間の使い方に違いを感じたのは事実です。


湊:米の大学院で研究する場合、(研究)費用は先生が持ってくるものなのでしょうか。


山田:先生が持っている場合は、その費用で実験するのが多いと思います。基本的に資金提供元は連邦政府(NSF)、企業、軍が多いと思いますね。それ以外に欲しいなら各種機関にグラント・プロポーザルを書くしかない。


松澤:米の教授に関して言えば、この資金を持ってくる能力が研究実績と同じくらい(もしかしたらそれ以上)重要視される。大きなグラントをとった教授をヘッドスカウトして引き抜く話も時折耳にします。それが昇進の材料にもなる。


國光:日本では企業の方から先生にこういう研究をしてくれないかとアプローチしてくる場合が多い印象がある。アメリカでもそうなのか。


山田:アプローチ自体はありますね。ただ、私の周りでは、企業からのアプローチを待つというよりは、企業の公募に対してプロポーザルを出すケースが多かったように思います。こればかりは、先生のコネクションにもよると思います。


松澤:資金の種類については、No strings attachedといって特定の研究課題に囚われない資金提供という形も結構あります。その分、競争率はとても高くなりがちですが。基礎研究ではそういった資金が散見されます。




Q.皆さんが感じた日米の大学院の改善して頂きたい所はあったりしますか。


山田:完全な愚痴ですが、米ではTAの仕事量がとても多かったです。米の大学院生はRAを頂ける場合もありますが、そうでない場合はTAとして学生(学部生や時に大学院生)を直接教えたり、授業補佐をします。その分、責任は重大で学生からレビューを受けます。教えるテクニックはとてもよく身につきましたが、研究をしながらは大変でした。


湊:日本で博士課程に在籍する人数が増えるといいなと思います。人が増えれば制度に目を向ける機会も増えて、改善点が多く挙げられるようになるのではないかと。


國光:これは大学院の改善したい所ではありませんが、博士になるメリットがメディアを通してよく伝わっていない認識がある。ポスドクや博士に進むよりも企業に早く就職すべきという圧力があり、心理的に苦しい思いをしている博士課程在籍者を知っています。その風潮が変わればいいなと。


山田:きっと一番いいのは、日本の企業の方や修士の方に博士の凄みを知ってもらうこと。現状では中々できていない。これが結局、日本の博士課程が人気がない原因になっているのではないかと思う。変わるのは大学が先か企業が先かという話で、恐らく大学が先に変わらなければいけない。日本の大学院においては、研究以外に成長できる場がどんどんできてくればいい。博士課程を出た学生にこういった付加価値があるのだと企業を納得させていけば、後進の採用や待遇改善に役に立つと思う。


國光:今回の対談を通して、博士はプロジェクト全体の遂行能力を育成すべきだと強く思いました。もしかしたら、学術的な研究を目的とした博士と、企業でプロジェクトを遂行することを目的とした博士で明確に分けた方が良いかもしれません。そのような意味では、リーディングプログラムは後者を意識したプログラムになっています。ただ、そうなるとどちらが博士という学位を名乗るのにふさわしいかは私には分かりませんが。


松澤:私は米の大学院に大きな不満はないのですが、強いて挙げるなら、自由度が高いプログラム故に当て外れが多い。例えば、見通しの良いプロジェクトを任された人たちは短期間で結果を出す傾向にあるし、一方で結果が未知数のプロジェクトを任される人たちもいる。後者は卒業後のキャリアや予定を立てづらい。だから7年以上大学院に在籍し、結果が最後の1年に集中する人たちも実際に多くいる。これはPIのプロジェクト立案や学生の能力に依存しますが、当て外れが大きいと感じている。コンスタントに結果を出しているPIはプロジェクト立案・マネージメント能力が高い傾向にあるが、一方で腰を据えて意義ある研究をしたいPIもいてスタイルは異なる。後者のPIについた大学院生はリターンも大きい場合があるが、現実的なキャリアパスを立てるのは至難。


程野:私は日本と米の大学院両方を経験しています。北大から阪大大学院に進学したときは余所者扱いされて風通しが正直よくありませんでした。その反動からか、ニューヨーク大学で経験した米大学院制度は私にはとても相性がとてもよかった。スタイペンドが高く、保険制度も充実していたし、授業もとても楽しかった。なので不満は全くといっていいほどありません。


松澤:ところで、米は人種や性別に対する意識がとても敏感な社会です。大学院においても女性が働きやすくなる環境作りが活発に議論されています。それは大学院生の男女比率にも現れている。数物はまだまだ改善の余地があるのですが、生物や化学では女性の方が既に過半数を超えている。湊さんは、女性として大学院教育やポスドクというキャリアでもう少し配慮していただきたい所はありますか。


湊:私の場合、かなり今の環境が恵まれていて、感謝しかありません。女性の場合、ライフイベントがあるので周囲の理解が必要かなと思います。どうしても研究しづらい時期があったりとか。そういう事情を受け入れてくれる場所が多いとありがたい。そうなると、女性研究者として活躍される方が増えてくるのではないか。大学院は分かりませんが、アカデミアではかなり女性研究者が増えてきていると感じます。前にどれくらいあったのかは分かりませんが、女性限定のポストやグラントが最近は目立つようになりました。最近は、(ジェンダー・)バランスがより意識されているのでしょう。


國光:私の所属している大学は女性の先生方がやはり相当少ない。私の所属する学科にもお一人いらっしゃったのですが、今では男性だけとなってしまいました。これから日本もどんどん女性研究者が増えていくと良いですね。


程野:日本と比べて、米の女性教員の数は全然多い**。そうしたロールモデルを見た女学生がアカデミアに進みやすくなっていると肌で感じる。


松澤:女性だけのサポートグループやトランスジェンダーのサポートグループが組まれていたり、ワークショップが開かれている。こういう地道な活動が大切だと思うし、学科が主導してロールモデルを発掘、育成しようとする姿勢は素晴らしいと思う。




まとめ

今回の対談を通して、日米での大学院生活は研究という共通点はあれど、それを巡る環境の違いが浮き彫りになりました。大学院進学・留学を考えている方々にとって、本稿が自分に合った大学院選びの一助になることを願います。


* 元々は第2次世界大戦時後の退役軍人を対象とした包括的な援助を目指した法案で、彼らの高等教育機関入学を援助する項目も含まれた。現在でも同じ系譜の援助が軍関係者には存在しており、米大学生の平均年齢を引き上げる一因となっている。

** 単純な比較では、日本の全大学における女性教員の割合は全大学で23.7%(内閣府資料、2016年)。米では49%(2013年)に及ぶ。ただし、正教授になる女性研究者の割合はこれよりも大幅に低い31%(同年)になるなどガラスの天井も存在している。(Inside Higher Ed)


構成のため、対談内容の順序を若干変更してお伝えしました。


対談者のプロフィール:

湊遥香:信州大学大学院博士研究員。専門は高分子微粒子。米ノースカロライナ州立大学院にて客員研究経験あり。

國光立真:三井化学株式会社博士研究員。対談時は信州大学大学院総合医理工学研究科に所属。専門は繊維の構造と物性。

山田(旧姓: 向日)勇介:ノースカロライナ州立大学大学院博士課程修了。専門は繊維・高分子材料。

程野祥太 :クイーンズランド大学大学院博士候補。ニューヨーク大学大学院博士課程に在籍経験あり。専門は超高磁場ヒトMRI。

松澤琢己:シカゴ大学大学院博士候補(物理学)。専門は流体力学とソフトマター。




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 著者略歴:

 松澤 琢己(まつざわ たくみ)
 2016年、米カラマズー大学より学士号(物理・化学、最優秀)。
     物性物理学、高エネルギー物理学、計算論的神経科学の分野で研究
     フェルミ国立加速器研究所ではインターンとして従事。
 2017年、シカゴ大学より修士(物理)。
 2022年、博士号(物理)を取得予定。専門は流体力学。


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発行責任者: 武田 祐史
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2021年6月1日火曜日

「日米大学院比較」対談(1)

清々しい初夏の季節、いかがお過ごしでしょうか。

今回は「日米大学院比較企画」と題しまして、留学先として度々考慮される米大学院を日本の大学院と比較しようと思います。


という訳で、日米の大学院に在籍する学生及びポスドクの方にざっくばらんにお話をお伺いいたしました。当日は内容が多岐に渡り、予定した時間を大幅にオーバーする展開となりました。大学院制度の違いから日米で異なる博士の社会的評価までが浮き彫りに!前置きはそれくらいに、対談をどうぞお楽しみください。




Q.なぜ博士課程へ?

程野:それでは早速ですが、皆様はどうして大学院にいこうと思われたのですか。


國光:私が在籍する信州大学大学院には「リーディングプログラム」と呼ばれる制度があり、米博士課程の様に大学から支援金が出る。この制度がなかったら修士取得後に企業に就職していたでしょう。生活面でのサポートが出たことで、研究職にしばしば求められる博士という学位取得に道筋がたった。あとは、英語が苦手な私を鍛えてくれるなど他の博士課程よりサポートが充実したリーディングプログラムに惹かれた。


湊:私も國光さんと同じ様にリーディングプログラム履修生として博士を取りました。修士に進学して、もっと研究したいなとか、色々な状況が重なって博士まで進学する人が多いのではないかと感じる。私の場合、元々学部生の時に博士に興味をもっており、修士で卒業するのではなく、しっかり研究したいという思いで博士まで進学したという経緯があります。博士号を取る経緯を振り返って、環境って大事だなと思います。私の所属していた研究室では博士課程の学生が多く、学部生の頃から博士課程の先輩を見ていたので、博士課程への憧れみたいなものを肌で感じていました。制度もありますが、そうした博士課程進学を後押ししてくれる環境が大きいのではないかなと思います。



松澤:そういうプログラムがあるんですね。補足をすると、日米では大学院の設計が根本的に異なる。日本では國光さんがおっしゃった様に、修士2年→博士3−4年と陸続きになっている。リーディングプログラムの様に金銭的なサポートがあるプログラムはまだまだ少ない。一方で米は修士課程(1-2年)と博士課程(5-7年)が明確に分かれている。博士課程在籍者にはスタイペンドと呼ばれる給与が出る。


湊:米では修士で卒業する人は少ない印象がある。逆に日本は博士に進む人は少なく、修士で卒業する人の方が多いと思います。大学がというより、米や日本の社会でどの様な人間が求められているかというニーズと関係があるのではないか。


松澤:米の風土を話すと、理系(STEM)の場合、修士課程よりも博士課程に進もうと計画するのが一般的。そちらの方がスタイペンドや授業料免除というメリットがあるから。その分、競争は激しくて、GPAや研究経験が少ないと博士課程には入れない。博士課程に応募したけど、修士なら入ってもいいよと言われることもある。博士課程に入っても、博士を取る前に就職すると大学院が修士号を出して卒業させる。これがいわゆるターミナル・マスター。大きくは、学士→博士課程という流れがあって、学部生は院に行くか行かないかを考えて行動をしている。学士号取得後に博士課程に入りたいが、GPAが低かったり研究経験がないのを補う道具になるのが修士課程という位置付け。


山田(旧姓: 向日):補足すると、これも分野によって異なる。例えば、理学や数学系は博士課程に直接進むのが一般的。一方で、電子工学といった工学系では、日本と同じ様に修士の先に博士課程があるという認識でいいかもしれない。私のいた大学院では学士号を取ってから博士課程に入学もできるけど、9割以上は修士課程に入学してから博士課程に進んでいた。米の大学院によっても大きく違うと思う。





図2. 米大学・大学院制度の概観



Q.日米での博士の就職事情は?

國光:ところで、米では博士の就職はどうなっているのでしょう。日本の場合、経団連の方針で3月1日から企業の広報活動が解禁されるのが一般的。博士の場合だと経団連のルールに縛られないのでフレキシブルに動ける。とはいえ、結果的に私も経団連のルールに従った就活をして内定を頂きました。やはり新卒は強い。「学部4年。修士2年。博士3年」という区切りを意識した就活が日本では根強いと思います。


松澤:米大学院で博士を取得した場合、留学生も米国籍保持者も経るプロセスは一緒です。前者はビザの問題をクリアしなければなりませんが、留学生ビザ(F-1ビザ)を持っている場合はOPTやCPTと言った制度があり、現地就職の門戸は開かれています。経団連が設定する様なルールや新卒カードの概念がない為、自由な就活が行われています。大抵は卒業の見込みがたった1年前頃から、ネットワーキングや面接を学業と並行して行っていきます。私のいる物理学科では恐らく半分は企業就職です。スキル互換性の高いデータサイエンティストやコンサルに行く人も多い。前者の場合では、自分でプロジェクトを進めてネット上に公表することは必須で、研究と同時並行で進めなければなりません。ただ、これは博士に限ったことではなく学士でも修士でも状況は同じです。博士についていえば、就職する可能性のある企業の幅は博士号取得によって増えるという認識です。コンサルはMBAとは別の博士枠を取っていることがあり、企業の研究職では博士号が応募用件に入っていることがままあります。


國光:フレキシブルですね。日本の場合、博士まで行くと、この年まで社会に出れず、もし新卒カードが取れなかったらどうしようという圧力を感じます。学部の1年間だけの研究経験だけだと、企業も研究者として雇ってくれない。一方、博士までいくと、企業が大学に染まっているのが嫌だと毛嫌いされる。修士は知識があり、企業も独自に研修する時間もあるので企業に好まれる、という印象があります。私も就活時に、説明会では学士向けと修士向けの説明があるのに博士はないということがあり、わざわざ担当者に博士が採用されるのかを確認しにいく機会がありました。博士を取ることを前提としていないのだなと。大手では「博士は修士卒社員4年目と同じ待遇」と言われたりもするそうですが、先輩の話を聞く限り修士と博士の待遇で大きな違いはない様に感じられます。先輩の就活談では、「博士だから研究しかしないのでしょう?」と揶揄されて次の選考に進めなかったという話もあります。


山田:日本と米では修士と博士の意味の捉え方が全く異なるのではないか。米では修士号と博士号では目的が全然違う。米では修士が研究職に就くのは相当なレアケースで、基本的に博士号が必要。(米での)修士号にどの様な意味があるのかを考えると、企業での技術職に就く為の学位じゃないかと。日本では修士号の延長が博士号であり、修士の研究を続ければ博士になれると感じている。だからこそ、日本の企業は修士と博士にそこまでの違いを感じていないのでは。もちろん、給料は多少異なるが、研究職でさえ修士で十分と考えている様だ。


國光:修士課程が「博士前期課程」とも呼ばれるくらいですから、私もそういう認識を持っています。


松澤:これは博士課程の内容が日米に置いて差異があるからだろう。米では専門性を高めるトレーニングも当然だが、全般的なプロジェクト遂行能力を開発するのが博士課程の重要な使命。私の経験を少し話せば、必要となる実験器具を評価し、企業と値段交渉もした。各人の博士課程での経験は本当に千差万別で一概に言えないが、プロジェクト毎に動く企業には博士人材の魅力は伝わっているので、研究職以外にも需要が一定度あるのだと思う。



Q.日米の学生について思うところ

程野:國光さんと湊さんは米に研究留学されていた経験もありますが、日米の学生について差異は感じましたか。


國光:私はリーディングプログラムを通して三ヶ月ほど短期留学をしたのですが、米の学生は非常に勉強するなと。図書館に一日中引きこもって、ずっとディスカッションをしたり。山田さんから伺った話では、米では大学院に入ったからといって研究室でずっと研究をしている訳ではない。むしろ、修士までは普通に勉強をして、博士から研究が始まると。日本では大学入学後に勉強に励む人もいるが、期末テストは皆でカンペを回して乗り切る人が多いのかなと。大学院でも勉強する機会はあるが、基本的に研究に重点が置かれている。そのため、日米では大学・大学院入学後の勉強量が明確に違うと感じました。


山田:米の学部生は恐らくGPAをすごい気にしている。学部生で博士課程進学を考えている人は良いGPAが必須なので、図書館に缶詰になることはよくある。博士課程に入ると、最初の2年間はブートキャンプの様な授業をして、在籍者の学力を底上げする。そして2年生の終わりにQualification Examがあって博士候補になれるかどうかが査定される。


國光:日本でも、学士課程→修士課程、修士課程→博士課程に進む際に試験があるが、同じ大学内での進学ならなあなあになっているところはあると思います。基本的には、儀式的な一面が強いのでは。


湊:一概には言えませんが、日本の大学院では目標の違う人たちがいると思います。卒業する事が目標の人。進学する事が目標の人。目標によってモチベーションも変わる。そういった目的や目標が異なる人たちが混在しているのが日本の修士課程じゃないかと思います。そうすると、授業の目的も一つに絞るのが難しいのではないでしょうか。自分の専門性をより高めたい学生たちは結局個人で勉強を進める必要がある。米の様に大学院生全体の学力の底上げする仕組みがあるといいなと思います。


山田:今の話を聞いていて思ったのが、博士課程に入ってくる人たちのバックグラウンドがバラバラというのは日米である程度共通している。だから、入試という点では、日米ではあまり変わらない。筆記試験よりも、志望書やそれを裏付ける推薦状、成績書(GPA)なんかを基に合否が判断されると思う。ただ、入学後には大きな違いがある。日本では、入学1年目から研究を始めることが多い。対して米では、バックグラウンドが異なるのでとりあえず、共通した学問的な土台を形成する為にブートキャンプ的なコースワークが用意されている。これをクリアした人たちのみが研究に進んでいく。


(第二回へと続く)

* 博士課程教育リーディングプログラムとは文科省と大学がバックアップする大学院での長期的なプログラム。分野横断的な講義と研究留学やインターンシップの機会と経済的支援が受けられることが特徴。参考:日本学術振興会ー博士課程教育リーディングプログラム
**経団連は21年度春入社以降の就職採用活動のルールを廃止。
***博士課程への応募用件である最低GPAは大抵が3.0/4.0で、トップスクールには4.0/4.0に近いGPAを持つ応募者が殺到する。



構成のため、対談内容の順序を若干変更してお伝えしました。


対談者のプロフィール:

湊遥香:信州大学大学院博士研究員。専門は高分子微粒子。米ノースカロライナ州立大学院にて客員研究経験あり。

國光立真:三井化学株式会社博士研究員。対談時は信州大学大学院総合医理工学研究科に所属。専門は繊維の構造と物性。

山田(旧姓: 向日)勇介:ノースカロライナ州立大学大学院博士課程修了。専門は繊維・高分子材料。

程野祥太 :クイーンズランド大学大学院博士候補。ニューヨーク大学大学院博士課程に在籍経験あり。専門は超高磁場ヒトMRI。

松澤琢己:シカゴ大学大学院博士候補(物理学)。専門は流体力学とソフトマター。




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 著者略歴:

 松澤 琢己(まつざわ たくみ)
 2016年、米カラマズー大学より学士号(物理・化学、最優秀)。
     物性物理学、高エネルギー物理学、計算論的神経科学の分野で研究
     フェルミ国立加速器研究所ではインターンとして従事。
 2017年、シカゴ大学より修士(物理)。
 2022年、博士号(物理)を取得予定。専門は流体力学。


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編集責任者: 山田(向日)勇介
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