2013年10月9日水曜日

研究者へのステップとしての学部留学のススメ

America Expo(9/21)で配布した冊子「カガクシャネット 海外実況中継」より


1. 「 研究者へのステップとしての学部留学のススメ 」  (P1 - 3)

(オックスフォード大学・計算神経科学・江口晃浩)



「将来研究者を目指す人にとっての留学」と聞くと、海外の大学院へ学位取得を目的とする「学位留学」が一般的には想像され るのではないでしょうか。早くから留学を意識している学生であっても「留学は日本の大学を出てから」という常識に囚われて、「学部からの留学」という選択 肢には目も向けられさえしない場合が多いようです。それは、留学に関する情報を収集していても、「学部留学」と「学位留学」とは明確に区別されて語られる ことが殆どであるからでしょう。また仮にこの選択肢を考慮したとしても、日本の大学で十分な学部教育を受けられるにもかかわらず、あえて海外に出る必要性 が見えてこない、という方も多くいるのではないでしょうか。そこでここでは、「研究者へのステップとしての学部留学」という選択肢に焦点をあてて、学習環 境、専攻の自由度、英語力の習得に関するの大きなメリットについて紹介したいと思います。

1. 学ぶモチベーションを引き出す最高の環境がある

ア メリカの大学キャンパスで人と知り合った時、名前の次に聞かれることは、決まって「あなたは何を勉強していますか。」という質問です。これは、アメリカの 大学生の生活が、いかに学問を中心に回っているかということを示唆する分かりやすい一例ではないでしょうか。大学という場は高等教育を受ける学び舎である ことを考えればこれは何ら驚くべきことでもないのですが、日本の大学から交換留学で訪れる学生の多くはこの質問には戸惑うようです。しかしこの「大学=学 問の場」という共通認識こそが、学生に「勉学に励む」という空気を作らせ、努力する人を評価する仕組みを生み、そしてそれぞれが自分の可能性に挑戦するこ とのできる最高の環境を形成しているのです。

勉学に励むという空気

アメリカの大学キャンパス を歩いてみると、「まさにここは大学」という空気を容易に感じ取ることが出来るはずです。鞄が破れてしまうほどの重くて大きな教科書を何冊も背負ってキャ ンパスを行き交う学生たち。ノートパソコンを片手に小走りで教室に向かう学生たち。図書館に入れば山のように論文を積み上げて頭を抱えながら蛍光ペンを走 らせる学生たち。カフェテリアでは単語帳と睨めっこしながらハンバーガーを頬張る学生たち。彼らは「受験生」ではなければ、期末試験が迫って慌てて勉強に 取り組む学生でもありません。これがアメリカの普通の大学生活なのです。これは何もアメリカのトップの大学だけの話ではなく、国内で100位前後程度に評 価されている大学であればどこでも見られる一般的な光景なのです。

ソニーの創業者、盛田昭夫氏は、彼の著書「MADE IN JAPAN」の中でこう書いています。「日本の学生が大学では殆ど勉強しないというのは、我が国の悲しむべきジョークである。猛烈な勉強のあげく、いった ん目指す大学に入ると、若者達はもう人生のゴールに達したかのような気分になる。疲れ果てて、それ以上勉強する意志も残っていなければ必要も感じない。」 もちろんこのような環境にあってもしっかりとした目標を持って勉学に励む学生は沢山います。しかし、周りで多くの学生が「サークル」「飲み会」「バイト」 と大学生活を「謳歌」しているのを横目に、ひたむきに勉学に取り組むということは必ずしも容易なことではありません。そういう意味で、コミュニティ全体で 「勉学に励む」という空気のあるアメリカの大学は「勉強をしたい」人にとっては一つの良い選択肢になり得るのです。

努力する人を評価する仕組み

更 にアメリカでは、「頑張ること」に対するインセンティブがあらゆる方向から与えられます。例えば多くのアメリカの大学において、「オナーズプログラム」と いう「挑戦したい人」に対してより難易度の高いカリキュラムを用意する仕組みが存在します。それは主に、比較的入試の容易と言われる地方の州立大学等にお いて、優秀な学生や意欲の高い学生を正当に評価するために用意された仕組みと考えて良いでしょう。オナーズプログラムは一般学生の為のカリキュラムに様々 な課題を上乗せすることで、どんなレベルの学生にとっても大学生活が無駄になることの無い環境を与えます。そして、卒業時にはその成果に応じたLatin honorという称号が授与され、これは大学院進学や就職においても大きな意味を成すようになります。従って多くの学生はそれを目指して、自ら進んでこれ らの厳しい選択肢に挑戦するのです。

また「出る杭を打つ」という風潮のないアメリカの大学では、学生の成果に対して積極的な評価・表彰が 行われ、校内外に向けた広報にも力が注がれます。その対象は、校内で開催される学術的なコンテストでの受賞者から、学会で表彰された学生、奨学金やNSF 等からの研究費を獲得した学生、全国レベルの賞の受賞者など様々です。そしてこれらの成果は学校のウェブサイトや校内新聞などに限らず、地元のメディアで 紹介されることも珍しくはありません。例えば、学部を主席で卒業することが決定した時には「この成果を広報したいので、あなたの出身地の新聞社やテレビ局 の連絡先を教えて下さい」と連絡が来たほどに、彼らは一人一人の学生の成功を全体で祝福し応援していこうという体制を整えているのです。もちろん、そのよ うな文化に慣れない日本人にとっては「そんな事をされては恥ずかしくて仕方がない」と思うかもしれませんが、その広報を通じて久しく会っていなかった友達 や教授からメールを通じてお祝いの言葉などを貰うと、やはり温かい気持ちになって次の挑戦へのやる気が湧いてくるものなのです。

この様に アメリカの大学の「大学は勉強をする場だ」という学生間の共通認識は「学びたい」という意欲を持つ学生を容易かつ快適に勉学に専念させる環境を与え、オ ナーズプログラムの様な仕組みがそのやる気をしっかりと受け止める手段として用意されます。更に、その挑戦の成果を評価し広報していく仕組みも充実してい ることが、学生に頑張ることを促し、結果として将来研究者を目指す学生も重要な学問の基盤を形成することが可能となるのです。従って、研究者へのステップ としての学部留学は、考慮される価値のある選択肢の一つなのです。

2.本当に研究したい分野を見つけるための自由が専攻選択にある

学 部における専攻の概念は、日本とアメリカの大学を比較する際のとても大きな違いの一つです。例えば「将来脳科学者になりたい」という夢を持っている学生が いたとします。しかし「脳科学」というのは生理学、生物学、物理学、生化学、心理学、医学など様々な分野を包括する学問を指します。従って、その学生は日 本の大学に進学するのであれば、出願の時点で彼・彼女の限られた知識から重要な専攻の決断を迫られることになるのです。一つの学問を究めるということだけ に目をやればこれは確かに利点となりますが、「この分野の研究に身を投じたい」というような研究者にとって非常に重要な動機の探求の機会を奪いかねないと いう側面もあります。こういう視点で考えると、アメリカの大学における入学時の専攻選択は日本におけるそれと比べて非常に柔軟なものです。アメリカの大学 では、学生は専攻を容易に変更することが出来、またダブルメジャーやダブルディグリーの修得を目指すという選択肢も与えられます。従って、まだ自分の本当 の興味が定かで無い学生、複数の分野に及ぶ興味を持つ学生にとっては、アメリカの学部留学はとても大きなメリットが有ると言えます。

容易な専攻の変更

ア メリカの多くの大学において、入試は大学に入れるか入れないかを決めるものであって、日本のように特定の大学の特定の専攻を受験するという形式は取られま せん。従って入学時に登録した専攻は「大学でこれを学びたい」という意思表明程度の意味合いしか持ちません。ですから専攻を変更する為に特別な試験を受け る必要はなく、書類提出のみで容易に専攻を変更することが可能な場合がほとんどです。また、自分の専攻として申請している分野以外からの単位履修も可能で ある場合が多く、途中で専攻を変えることを決意してもその申告のタイミングにはかなりの自由がききます。

また、アメリカの大学の教育のシ ステムを見てみると、カリキュラムの前半はどの専攻においても、数学、英作文、歴史、政治、物理、化学などの一般教養クラスの履修が求められるため、その 期間に専攻を変えたとしても卒業時期への影響は最小限に抑えられます。従って学生は最初の1年目や2年目に興味のあるいくつかの専攻の入門コースを履修し 感触を得てから、最終的に本当に興味のある専攻を選択することも可能なのです。この様に、入学の時点ではまだはっきりと自分のやりたいことが見えてない学 生にとっては、この仕組みはとても良い熟考の機会を与えてくれるのです。

ダブルメジャーとダブルディグリー

更 には、interdisciplinaryとよばれる異なる学問分野にまたがる領域が華やかな今、専門領域の合間に様々なチャンスや面白みが眠っていま す。そういった領域にアプローチをする方法として、アメリカの大学では前述した柔軟な専攻選びに加えて、複数の分野を同時に専攻するダブルメジャーや、複 数の学位の同時修得を目指すダブルディグリーなどという選択肢も与えられます。アメリカの大学の学位は主にBachelor of Science (BS)とBachelor of Arts(BA)の二種類に分けられます。日本語ではそれぞれ理学士・文学士と訳されることが多いのですが、これは日本で言う理系・文系の区切と言うより は、B.S.を「自然が作った物や法則に関する学問」(例:物理・化学・数学)、B.A.を「人間が作った物や規則に関する学問」(例:法律・歴史・政 治)との区別と考えるほうが適切です。従って、例えば生物学や心理学は多くの大学でB.S.とB.A.の両方の学位が選択肢として与えられますが、 B.S.の場合は「自然現象の探求の手法としての学問」であるのに対し、B.A.の場合は「それによって体系化された分野の知識を学ぶ事に焦点が当てられ た学問」となるわけです。

ダブルメジャーとダブルディグリーの難しさの違いは、修得必須単位数にあります。例えば、コンピュータ工学 (B.S.)と電気工学(B.S.)のダブルメジャーを例として考えた場合、プログラミングや電気回路などの多くの単位が2つの専攻で重複するため比較的 修得必須単位数の増加を抑えることができます。しかし一方で、数学(B.S.)と歴史(B.A.)のダブルディグリーなどを例にあげると、一般教養課程以 外に重複する単位が全く存在しないために、卒業のために相当多くの単位を履修する必要性が出てくるわけです。しかしこれは同時に、その覚悟さえあればどん な専攻であってもいくつでも自由に専攻することが許されているというアメリカの学部課程の柔軟性を示しているのです。

アメリカの学部留学 という選択肢は、学生に様々な分野を体験するという機会を与え、本当に自分がやりたいものを明確にする手段を与えてくれます。初めに選んだ専攻に縛られる 必要はなく、また必要とあらば複数の専攻で学ぶことも可能にし、更には学位を超えた全く異なる複数の専攻で学ぶことさえも、全てが自分次第なのです。アメ リカの学部留学を経験し、こういう過程を経て自分で分野を選択するということは、将来研究者として活躍するための強い武器となるのでしょう。

3. 英語を大学生活を通して学べる

日 本人にとって海外留学の一つの大きな障壁となっているのは英語です。アメリカの大学に進学するためには、留学生は英語能力の証明のために基本的に TOEFLのスコア提出を求められます。大学院受験においては、更に難易度の高い英単語の試験を含むGREのスコアの提出も求められます。大学院生活が始 まると、毎日気の遠くなるような英語の論文の山と対峙することとなり、研究発表や論文執筆においても高い英語のスキルが求められるようになります。これら のことを考えた場合、学部留学で学術的な英語に十分慣れ親しんでおくことは、大学院受験や、進学後の研究過程において大きな強みとなります。

入試における英語試験

学 部留学をする際においても、英語能力の証明のためにTOEFLのスコアの提出が求められます。しかしそのスコアは、大学院受験において求められるものより も全体的に低く設定されている傾向があります。更にGREは大学院受験のための試験であるため、学部留学を目指す人に求められる英語力は学位留学を目指す 人に求められるそれと比べて格段に低いものとなります。加えて多くの大学の学部課程においては、付属の語学学校のカリキュラムを優秀な成績で修了すること でTOEFLのスコアが足りなくても入学を認められる仕組みも用意されています。従って学部留学の場合、留学のために国内で「英語」という科目を自分の専 門分野とは別個に集中的に勉強する必要性は比較的少ないのです。

また、アメリカの学部課程を修了することで、殆どの大学院の入試において 英語能力証明のための試験のスコアが免除されることとなります。GREに出てくる単語は日常会話では出てこないような難易度の高いような物が多くあります が、アメリカの大学で数年英語漬けになっている学生にとってみればその勉強の効率の良さにアドバンテージがあります。更に、アメリカの大学院進学において は推薦状がとても重要視されるのですが、その推薦状を教員にお願いする際には、多くの日本人教員と違い「留学先ではどの教員も英語を流暢に使いこなせる」 ということは大きな利点となります。自分と良い関係を保っている教員であれば誰もが喜んで引き受けてくれるため、出願先に応じて最適な教員に立派な推薦状 をお願いすることがとても容易になるのです。従って、学部留学をすることは、将来の学位留学を考慮した上においても優位に働く可能性があるのです。

英語コミュニケーション力・読解力

そ して学位留学をスムーズに進めるためにも、将来研究者になって世界で認められるためにも欠くことが出来ない能力は、英文を読む能力や書く能力、プレゼン テーションで伝える能力や会食でのコミュニケーション能力など、「ツールとしての英語力」です。これらの能力は、一部の卓越した語学力を持つ人々を除け ば、ひたすら経験を積むことで漸く身につけられるものです。アメリカの学部における一般教養課程の中には、英作文、コミュニケーション、プレゼンテーショ ンなどというものが含まれます。日本語と英語とでは良いとされる文章の構成も、良いとされるスピーチの構成も大きく異なってくるため、これらの授業で教え られる知識や経験は英語力の基盤を築くためのとても貴重なものとなります。学部の段階から留学をし、アメリカの学部生と一緒になってそれらの基礎を学び始 めるということは、将来彼らと同じ土台に立つ為にはとても有益なことでしょう。

更にアメリカの授業では、授業内のディスカッションや、論 文執筆課題が重視されます。授業中に発言を求められて答えられない場合や、わかりづらい論文しか書けなければ容赦なく成績は削られていきます。一方で教授 はその度に的確なフィードバックを学生に与えるために、彼ら彼女らはその経験を通じて学んでいきます。このように学生に常に危機感を持たせ学ばせること が、彼ら彼女らの自分の意見をまとめて発言したり文章にする能力を鍛えていくのです。そして、これは留学生にとっては「ツールとしての英語力」向上のため には格好の練習の場となるのです。このような経験は、彼ら彼女らが後に研究者としてのキャリアを積んでいくための強固な土台に成りうるのです。

こ れらのことが示唆することは、「自分は英語できないから留学なんて出来ない」と感じている人ほど、学部留学をする価値があるという事です。研究者に必要と なる英語は、言語学としての英語ではなくツールとしての英語です。そしてその習得のためには、学部留学は一つの価値のある選択肢と成りうるのです。学部入 試に求められる英語力は大学院入試に求められるそれと比べて容易なことと、学部生活を通じて固められ得る英語力の基盤を考慮した場合、学部留学は効率的に 研究者へのステップアップを目指すための一つの有効な方法でしょう。

「何故研究者を目指したいのか。」そう聞かれたら、あなたはどう答え るでしょうか。「勉強することが好きだから?」「本当に好きな事を探求したいから?」「世界で認められる人になりたいから?」アメリカの大学への学部留学 は、「大学は勉強をする場」という共通認識を持つ多くの学生に囲まれて、心ゆくまで勉強をできるというとてもよい環境を与えます。そして、大学の自由な専 攻の仕組みは、様々な専攻分野を経験することを可能にし、ダブルメジャーやダブルディグリーを通じて見地を広げ本当に興味のある分野を探求することを可能 にします。更に、学部課程のカリキュラムを通して身につけられる「ツールとしての英語力」は、将来研究者として世界中の人々と堂々と意見を交わし合うこと に必要な能力の基盤を築くことになります。一般的に「学部留学」と「学位留学」とは全くの別枠として語られますが、研究者を目指す学位留学のステップとし ての「学部留学」という手段もあるということをこの文章を通じて伝えることができたのであれば幸いです。


著者略歴:江口晃浩(えぐちあきひろ)
豊田高専情報工学科在籍時にAFSを通じてオレゴン州の高校で一年間の交換留学を経験。帰国後高専を三年次課程修了時に中退し、2008年秋より米州立アーカンソー大学(フェイエットビル校)に進学。2011年春にコンピュータ・サイエンス(B.S.)を、2012年春に心理学(B.A.)を、共にsumma cum laudeで卒業。2013年 秋より英国オックスフォード大学大学院で計算神経科学の研究で博士号過程に在籍中。ブログ「オックスフォードな日々

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