2020年10月30日金曜日

米国PhD取得までの道のり

 こんにちは。カガクシャ・ネット副代表の山田です。


今回の記事では、アメリカの大学院におけるSTEM分野の博士号取得までの道のりについて、私の体験に基づいてご紹介します。なお、アメリカでは日本のように政府が大学院プログラムに関する認定を行っているわけではありません。学位の取得基準やカリキュラム等については、それぞれの大学院が独自に設定しています。そのため、この記事の内容が必ずしもすべての大学院に当てはまるわけではありませんが、根本的な考え方としては共通する部分が多いかと思いますので、参考情報としてお読みいただけますと幸いです。

なお、この記事に関する質問がございましたら、カガクシャ・ネットまでお気軽にお尋ね下さい。また、カガクシャ・ネットでは随時メールやLinkedIn等で個別の留学相談も受け付けていますので、そちらもぜひご利用下さい。


1. 留学動機

私がアメリカの大学院進学を志した理由には、体系的なコースワークとフレキシブルな学位取得制度がありました。学部課程では化学を専攻していたのですが、大学院では繊維材料の研究開発に携わりたいという希望がありました。当然ながら日本でも「化学(学部)」→「繊維科学(大学院)」というようなルートは十分に可能ですが、アメリカでは分野変更によりオープンで、バックグラウンドのない学生の受け入れを前提とした体系的なコースワークが準備されているため心強く感じました。(実際、私の進学したプログラムには、学部課程で音楽を専攻していた方もおられました。)また、大学院入学後に関しても取得する学位の変更(例えば、修士号 ⇔ 博士号)や、メジャー/マイナーの追加や変更がほぼ自由となっており、実際に入学し授業を受けながらじっくりと考えられる教育システムも大きな魅力でした。

他にも、世界中から多様な学生が集まるアメリカの大学院は、幅広いネットワーキングに加え、大学院修了後のキャリアにおいて役立つ様々なスキルを効果的に修得するのに最適な環境であるとの考えもありました。また、金銭面においてもTeaching Assistantship (TA)やResearch Assistantship (RA)、Fellowshipといった制度が豊富で、学費免除に加えて給与が支払われる可能性が高いという点も魅力の一つでした。


2. アメリカの大学院制度 

アメリカの大学院にも日本のように大きく分けて修士課程と博士課程があります。修士課程では1–2年、博士課程では3–5年が標準所要年数とされている場合が多いですが、実際には学生各々の経験(バックグラウンド)やLearning skills、ライフスタイルに合わせてカリキュラムを組みますので、学位取得までの在学期間に関しては日本の大学院課程に比べて大きく個人差がある印象です。 また、アメリカでは専攻する学問分野によってPhD取得までのルートが少し異なります(Figure 1)。実学に近い分野(例えば工学系)の場合にはまず修士課程に入学し、コースワークを中心に学習します。将来博士課程に進むことを考えている場合には修士論文の執筆とDefense(口頭試問)も行うのが一般的ですが、キャリアアップ目的(技術系等)で入学される方も多いため、修士課程での研究はあくまでもオプションの扱いになっています。(ちなみに、実学に近い分野でも直接博士課程に入学すること自体は可能ですが、入学審査が厳しくなります。)





Figure 1. アメリカの大学院制度(所要年数は目安)。



その一方、自然科学系の場合には基本的に修士課程が設定されておらず、直接博士課程に入学します。アメリカの博士課程も他国同様、研究者を養成するためのプログラムという位置づけに変わりはありませんが、研究を始める前に2年程度(修士号をすでに取得済み場合には1年程度となる場合あり)のコースワークに取り組み、Literature reviewや研究手法に関する知識を修得します。コースワークに関しては、修士課程のものに似ていますが、要求される知識量が格段に多くなります。また、大学院によって形式や呼称は若干異なりますが、コースワークを通して、あるいはコースワーク修了後にQualifying examination(”Qual”)と呼ばれる、博士研究を行うのに必要な知識を十分に有しているか確認するための適性試験が課されます。この試験に合格できなければ自動的にtermination(退学)となりますので、ここが第一関門ということになります。

無事にQualをクリアしたら、目前には第二関門であるPreliminary examination(”Prelim”)が待ち構えています。この試験では、Research proposal(研究の提案書)を提出しDefenseを行います。ここではかなり厳しく審査されますので、十分に時間をかけて研究計画を立てておく必要があります。この試験に無事にパスできればPhD StudentからPhD Candidate(博士候補生)となり、ようやく本格的に研究を始められることになります。提案書をベースに研究を行い、Dissertation(博士論文)を書き終えたらFinal examination(Final defense)に臨みます。これが文字通り最後の関門で、すべての審査員をきっちりと納得させられれば無事にPhD取得となります。

ちなみに、私の場合は実学よりの分野であったため、修士課程(2年; 研究あり)→博士課程(3年)というルートで、二つの学位(MS in TextilesとPhD in Fiber & Polymer Science)を取得しました。(私が行った研究の内容につきましては2018年配信の研究紹介記事をご覧ください。)ちなみに私の経験からも、アメリカの大学院教育における最大の特徴は、修士課程も博士課程も徹底的なコースワークにあると思います。膨大な量の文献を読むことを要求されるため、否が応でも該博な知識が身につきます。実験スキルも当然そうですが、研究者にとって要とも言える知識や情報収集スキルの修得という点でも、アメリカで受けた大学院教育は大変貴重なものであったと感じています。


3. 大学院受験 

アメリカの大学院(STEM分野)への応募に際して必要となる書類は、修士課程と博士課程でほぼ共通で、概ね下記のとおりです。 

  ・Statement of Purpose(SOP; 志望動機書) 
  ・推薦状(2 – 3通) 
  ・CVまたはResume 
  ・TOEFL(IELTSでも良い場合あり)
  ・Transcript(成績表) 
  ・GRE 

書類審査(と面接)のみで合否が決まるアメリカではこれらすべてが綿密にチェックされますが、その中でも特に重要なのがStatement of Purpose(SOP)と推薦状だと思います。これら二つの書類をベースに、応募者の志望動機や意欲、考え方、入学希望のプログラムの修了可能性等、さまざまな点を精査されます。中でも、SOPは応募者自身で作成できる最大のアピール材料になりますので、時間をかけてしっかり仕上げるのが良いでしょう。また、推薦状には応募者の客観的な評価が含まれます。SOPと矛盾がないのは当然のこと、応募者の入学後の展望についてサポーティブに書いてくれる人にお願いしましょう。推薦者が名の知れた方であれば推薦力も大きくなりますので、推薦者選びは大切です。 

成績表も必要になります。必要なGPAは大学院ごとに設定されていますので、基準値をクリアしているかどうかは必ず確認しましょう。また、TOEFLやGREも同様で、ほとんどの場合、入学に必要な点数が大学院ごとに設定されていますので確認の上、早めに取得しておきましょう。 

受験する大学院や研究室選びについては、興味のある研究をベースに絞っていくのが良いでしょう。最終的に10校程度に絞って受験する方が多いようです。私も10校弱応募しました。(合格は5校。)ちなみに、入学時点(応募時点)で研究室を決めている必要は全くないですが(私の場合も研究室を決めたのは入学してからです)、応募する前に興味のある研究室の先生には必ずコンタクトを取るようにしてください。emailで十分ですので、簡単な自己紹介と興味を持った理由を書き(CVまたはResumeも添付)、そして大学院生を募集する予定があるか尋ねてみましょう。ちなみに、研究室のWebsiteも細かくチェックしておきましょう。大学院生募集に関する情報が書かれている場合もあります。


4. 合格~渡米 

大学院からの合格通知はほとんどの場合4月中旬までにemailや郵送で届きます。まずチェックしたいのは、Funding(TAやRA、Fellowship等)の有無です。アメリカの大学院は、州立大学でも私立大学でも学費だけで年間数万ドルかかることが多いですので、授業料免除や医療保険、給料面でどの程度のサポートを受けられるのかを確認しましょう。それらを加味した上で入学するプログラムを決めたら、滞在許可証(I-20)等、学生(F-1)ビザ申請に必要な書類を揃えましょう。ビザ取得には時間がかかりますので、早めの行動が良いでしょう。なお、査証取得の詳細につきましては、COVID-19等の影響による変更の可能性もありますので、二次情報に頼らず、必ずご自身で在日米国大使館・領事館のWebsiteをご確認下さい。なお、渡航準備及び渡航直後に役立つ情報に関しましては、以前に配信しておりますので、そちら(下記リンク)をご覧ください。 

  ・アメリカ渡航 Tips 集: http://kagakushanet.blogspot.com/2017/08/?m=1


5. 大学院に入学したら 

入学するとその週か翌週には講義が始まり、一気に忙しくなります。特に、慣れない言語での授業となりますから、人一倍の努力をする必要が出てくるかと思います。また、TA等にアサインされている場合には、更に時間を割かれることになります。そのような状況であっても、隙間時間を見つけやっておきたいのが、そのプログラムで行われている研究をできるだけ多く知り、自分にとってベストな指導教員(Principal investigator; PI)を見つけることでしょう。プログラムによってはローテーション制度(複数の研究室に仮所属して研究を体験する制度)がある場合もありますが、無い場合には教授にメールでアポイントメントを取って訪問し、対面で話を聞いてみましょう。Websiteに書かれている研究だけでなく、他にも面白そうなプロジェクトがあるかもしれません。また、多くの場合、研究室の学生を紹介してもらえますので、学生目線での研究活動についての情報を得る良い機会にもなります。


6. アメリカの大学院で苦労した点 

アメリカの大学院には、RA やTAとして雇われながら大学院に通うことができる制度があります。RAは研究関連の業務(多くの場合、修士論文や博士論文に関係する内容)を行い、TAは学部生(一部大学院生)向けの講義やオフィスアワー等の担当を行います。いずれの制度でも学費免除や医療保険費免除に加えて給料が支払われますが、入学後1–2年はTA、それ以降はRAとして起用されるケースが多いです。ただし、RAに関しては指導教員の研究資金の獲得状況に大きく左右されます。私が所属していた研究室では資金がかなり限られており、TAとしての雇用がメインでした。その結果、ティーチング業務に多くの時間(週20時間)を費やすこととなり、限られた時間の中で手際よく研究を行う必要がありました。教える技術を学べたという点では貴重な経験だったと感じていますが、学位取得に向けた研究との両立はかなり大変でした。


7. 最後に – アメリカの大学院に進学するか悩んでいる方へ 

一般的に、アメリカにおける大学院教育の考え方は、日本や欧州、豪州等での考え方とは大きく異なると言われています。研究主体のこれらの国々とは対照的に、アメリカではコースワークにかなりの時間を費やすことになります。博士課程であっても、入学後1–2年間は研究に専念する余裕はほぼありません。また、TAとして働く場合にはさらに時間がなくなります。そういう意味で、研究だけをしたいという方はアメリカではなく、日本や欧州、豪州等の大学院の方が良いかもしれません。でも、もし体系的なコースワークを通して研究者として必須のスキルを着実に修得したいと思われるなら、アメリカの大学院は非常にお勧めです。入学後しばらくは課題や試験対策に追われる日々が続きますが、これらは将来研究を行う上できっと役に立つものと思います。


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著者略歴: 

山田 勇介(やまだ ゆうすけ) (旧姓:向日(むかい)) 

信州大学(2010-2014, 学士号)、ノースカロライナ州立大学大学院(2014-2016, 修士号)、ヨークス株式会社カンボジア工場勤務(2016, Assistant Factory Manager)を経て、ノースカロライナ州立大学大学院にて博士号を取得(2016-2019)。専門は、繊維・高分子材料をベースとした医療機器の開発。現在は、日本国内にて歯科材料開発に携わる。カガクシャ・ネットには2016年に編集担当スタッフとして参加し、2018年からは副代表を務めている。

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発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 山田 勇介 (旧姓: 向日)
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