2015年9月27日日曜日

企業と大学での研究開発 第2回:研究環境とマネジメント

今月のメルマガは小葦泰治さんによる「企業と大学での研究開発」の第2回です(第1回はこちら)。前回は目的や対象といった研究の枠組みについて比較検討しましたが、今回は実際に研究を遂行する上で欠かせない、研究環境とマネジメントについてです。目的が違えば、やはり研究環境も大きく異なるようです。



[ 規模・環境の違い ]

それでは、規模と環境の違いについても、大学、企業の順で、見ていきたいと思います。大学の場合、割と個人や小規模なグループで研究を行い、その中から得られた成果を発表するというケースが全体的に見ると依然として多いような印象を持っています。ただし、近年ではサイエンスの発展に伴って、新たな形の成果創出を目指す動きも見られます。即ち、従来からある個別的な深堀研究に加えて、相互の専門性・強みを生かした共同研究や、さらに発展させたネットワーク型の大型研究プロジェクト等、規模やスタイルが多様化してきている印象があります。研究設備を含む研究環境としては、大学の場合、一部の恵まれた研究室・研究グループを除き、企業に比べると劣るのでは、という印象があります。

一方、企業の場合は、一人の力だけで製品を開発するのは困難なため、個人で完結するような研究を行うことは稀だと思います。逆に、製品開発に必要な異なる専門性をバックグランドとして持ったメンバーで、チームを作り、研究に取り組むことがほとんどとなります。そのため、自身の専門分野や専門的な取り組みを専門外のメンバーに対し、正しく理解してもらえるように分かりやすく説明し、相手の専門分野や専門的な取り組みを正しく理解するために、高度なコミュニケーション能力が求められることになります。また、企業研究で特徴的なのが、求められるデータの質や量、期限がプロジェクトにより大きく異なる点です。このため、個々の研究者には、柔軟な対応能力が求められます。

企業にとっては、研究開発により新製品を創出し、販売し、利益を得ることが重要です。新製品の創出を時間的・労力的・コスト的に効率化するため、また、競合他社との厳しい研究開発競争に打ち勝つためにも、研究チームには、かなり恵まれた研究環境が与えられているという印象を持っています。さらに近年では、産・官・学の連携も進められており、一定の費用を支払うことで、官・学の持つ先進的な研究インフラに企業がアクセスすることも可能になってきています。また、研究開発のより一層の効率化に向け、オープンイノベーションの推進という形で、実力派の教授や先生との共同研究機会が増えて来ている傾向があるように思います。

[ マネージメントの違い ]

最後に、マネージメントの違いについても、大学、企業の順で、見ていきたいと思います。大学の場合、人材面では個々のラボ(研究室)ごとに、研究推進に必要な人材をリクルートするという形式が基本だと思います。研究資金の面では、自ら競争的研究資金等に応募する等して、獲得する必要があるように思います。大学で研究室を運営している日本国内外の教授等に話を伺ったところ、近年の国の財政状況の厳しさが影響し、以前に比べ、研究資金の獲得が困難になってきており、研究室の運営が大変になってきていると聞いています。しかし、研究室ごとに独立したマネージメントを採用する利点は、自分のアイデアを基に研究室の在り方(研究テーマ、規模、研究スタイル等)も含めて、自らの力で自由に作り上げていくことができる点にあると思います。

一方、企業の場合、役割分担が明確なため、人材面では、人事部や研究開発に特化した人事関係者が、様々なルート(新卒採用、キャリア採用等)を通じて必要な人材をリクルートし、必要な部署に配置します。そのため、研究スタッフの人材リクルートに割く労力は最小限となっています。また、研究をサポートしてくださる専門のスタッフもおり、専門性も高いため、研究スタッフは研究に専念することができます。さらに、研究開発においても、外部提携や共同研究・共同開発なども含め、ある種、お金で時間を買うという選択肢を持っている印象があります。

これらの人材面、資金面の潤沢さに加えて企業において特徴的だと思うのが、機密事項に関する情報管理を徹底している点です。自社にしかない、製品・技術開発に直結する可能性があるサイエンス的な知見は、特許等の知的財産となる可能性を秘めており、競争に勝つためにもとても大切に取り扱う必要があるからです。それに伴い、研究成果の社外発表にも一定の制限があります。社外発表が可能になるのは、特許成立後や製品・技術開発完了後の宣伝を兼ねた形になることが多い印象があります。企業には、研究開発職以外にも多種多様な仕事があるため、その人の適性や会社の戦略・運営上の理由等により、研究開発に携わることができる期間は人さまざまで、希望通りにいつまでも研究開発に従事できないこともある、という印象です。

おわりに

このように、いくつかの項目に分けて、大学、企業での研究開発の比較を行いましたが、それぞれに違った良さがあると思います。結局のところ、留学し学位を取得した後の進路として研究開発職への就職を希望される場合は、それぞれの違いを把握した上で、適性や希望も踏まえて、選ばれるのが良いように思います。科学技術は無限の可能性を秘めており、科学技術により社会的な課題・問題の解決に貢献することが、科学者・技術者等の研究開発に従事する者としての使命だと、個人的には考えております。昨今、産・官・学による共同研究機会も増えてきており、どちらに就職したとしても、一緒に研究を行うこともあると思います。また、国内市場の成熟、企業のグローバル化等の要因により、国際共同研究や国際共同開発も増えてきている傾向にあります。そのため、留学中に培った専門性や語学力に加え、国際感覚、異文化や多様性を感受できる包容力、環境変化への対応能力、さらに世界に広がる人的ネットワークが、今後ますます活かせる時代になっていくと思います。

現在留学中の方々には、これらの事を意識して、学位取得後のキャリア構築を成功させ、社会貢献されることを、これから留学される方々には、自身の未来を切り開けるような、有意義な留学生活が送れることを、切に願っております。

最後になりましたが、置かれている境遇等は異なるかもしれませんが、皆様の能力を最大限生かすことができる環境で、研究開発や仕事に取り組まれ、将来的に、社会の役に立つ成果が生まれることを、切に期待しつつ、本稿を締めくくりたいと思います。


著者略歴:

 小葦泰治 (おあしたいじ)

 2008年4月に、Mount Sinai School of Medicine (現在のIcahn School of
 Medicine at Mount Sinai, http://icahn.mssm.edu/ ) にてPh.D.(博士号)を
 取得。 同年6月より、メリーランド大学薬学部 http://www.pharmacy.umaryland.edu/
 Computer-Aided Drug Design(CADD) Centerにてポスドク(博士研究員)として、
 2011年3月まで勤務。
 同年4月より、国内製薬メーカーにて、新薬創出に向けた研究・技術開発に従事。
 専門は、スーパーコンピュータを活用した創薬。

 カガクシャ・ネットの運営には2003年より従事。2011年に副代表、2012年に代表に就任。
 2013年より運営スタッフを退き、アドバイザーとして運営をサポート。
 カガクシャ・ネットの著書である「理系大学院留学(アルク社)」の主要著者の一人。
 書籍についてはこちら >> http://www.kagakusha.net/book

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発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 日置 壮一郎
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