2018年6月10日日曜日

スタッフの研究紹介(II)「繊維科学:無限の応用性を秘めた繊維材料を科学する」

カガクシャ・ネットの現役スタッフによる研究紹介の第二回目は、編集担当の向日さんに繊維科学についてご紹介いただきます。

Q1. 研究分野の概要を教えてください。
私の研究分野は繊維科学です。「繊維」と聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。洋服や服飾雑貨、寝具や絨毯をはじめとした、古来より存在する製品をイメージされるかもしれません。でも、最近では一見わからないようなところにも繊維材料(広義では細くて長いもの)が使われています。例えば、下図の自動車を見てみますと、繊維材料が車体やフィルタ、ブレーキパッドやタイヤにも使われていることに気がつきます。ほかにも、導電性や誘電性に富んだ繊維材料が電子回路の要素材料として利用されたり、生体適合性に優れた繊維材料が人工臓器を作る際に使われたりしています。繊維科学では、繊維材料に関する基礎理学研究と機械工学や電子工学、生体医工学等の幅広い分野での応用研究を取り扱います。



自動車に見る繊維(大越 豊『はじめて学ぶ繊維』日刊工業新聞社, 2011年, p.8より)

Q2. 具体的な研究テーマと研究目的について説明して下さい。
現在の研究テーマは、布の誘電特性(電圧をかけると電気エネルギーとして蓄える性質)を利用したウェアラブルエレクトロニクス(具体的には布でできたキャパシタや伝送路、アンテナ)の開発です。例えば、綿布は吸湿に優れるため、水分含有量が湿度によって大きく変わります。水分含有量が変われば誘電特性も変わりますので、誘電率(誘電特性を表す物理量)が湿度依存性を示します。これをうまく利用すれば、一般的な綿布に導電性繊維を組み込んでおくことで、湿度センサとして利用できるのではないか、というようなことに着目し、研究を行っています。

Q3. 日本と留学先での研究環境の違いについて具体的に教えてください。
カリキュラムに起因することですが、米国では修士課程、博士課程ともにコースワークに多くの時間を割かれます。研究をするためには知識が大切だと思っていますので、私は米国のシステムが好ましいと思いますが、トータルで研究に費やせる時間は、一般的な日本の大学院カリキュラムに比べてやや少ないのかもしれません。

Q4. ご自身が研究者を目指された「きっかけ」や、研究の「面白さ」について説明してください。
研究者を目指した背景には、ものづくりに対する好奇心が人一倍強く、「理論的背景を知りたい」や「自分で新しいものを創造してみたい」という気持ちがあります。もともと私の中では、「繊維科学」というと「すでに確立された古い分野」というイメージがあったのですが、高校の化学の勉強を通して、繊維科学というのは実はもっと可能性を秘めた分野なのではないかと思い始めたのが最初でした。日本国内の大学に進学後、スマートテキスタイル(従来は持ちえなかった機能を付加した新しい繊維素材)に関する研究があることを知り、大学院から本格的にこの分野に足を踏み入れました。
繊維科学分野の面白いところの一つは、異分野での応用だと思います。先にも述べましたが、繊維に関する研究は様々な産業分野で応用されており、要素技術として用いられることも少なくありません。無限の応用性を秘めた繊維材料は、大変魅力的な研究対象ではないでしょうか。

Q5. 一日のスケジュールを円グラフで教えて下さい。



Q6. これから留学を目指す学生にひとことアドバイスをお願いします。
「人生は選択の連続である」と言われますが、留学における最初の選択は、留学先(国・大学院・研究室)選びだと思います。大学院進学を志す方は、分野や研究トピックの絞り込みはある程度されているでしょう。また、国や大学院によって、授業料が違ったりファンディング獲得の難易度が違ったりしますので、これらの条件からある程度志望校が絞り込めるかもしれません。それでも、世界各地に星の数ほど存在する大学院の中から志望校を決めるというのは、大変な作業だと思います。なかなか決められない場合には、可能な範囲で、実際に研究室を訪問してみるのが良いと思います。研究室の雰囲気であったり、実験施設だったり、あるいはキャンパスや街の様子なんかは実際に行ってみれば意外とすぐに良い面や悪い面が見えてきます。私も応募の前には下見をしたのですが、旅費を考えてもその価値はあったと思っています。修士課程で1~2年、博士課程なら3~5年くらいはその環境に身を置くことになるでしょうから、現地到着後に「思っていたのとは違った」というのは避けたいですね。

○ 次回の更新は6月下旬を予定しております。お楽しみに!

著者略歴
向日 勇介(むかい ゆうすけ)
信州大学繊維学部(学士(工学))、ノースカロライナ州立大学大学院(修士(理学))、ヨークス株式会社カンボジア工場(現地法人)勤務を経て、2016年8月よりノースカロライナ州立大学大学院博士課程在学。専攻は繊維・高分子科学。カガクシャ・ネットには2016年に編集担当として参加。2018年1月から副代表兼編集長を務める。

━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年5月27日日曜日

スタッフの研究紹介(I)「医療工学の世界」


今月から7月下旬にかけて、カガクシャ・ネットの現役スタッフによる研究紹介を行います。第1回の今回は、カガクシャ・ネット代表の武田祐史さんに医療工学についてご紹介いただきます。武田さんは、京都大学で修士号を取得された後、2011年から2016年までタフツ大学に留学されており、現在はボストン郊外のバイオテックで活躍されておられます。そんな武田さんに、大学院生・ポスドク時代の研究についてお伺いしました

研究分野の概要を教えて下さい。

現在はボストン郊外の会社で製薬企業や大学の研究室向けにドラッグデリバリー用ナノ・マイクロサイズの粒子を作っています。マイクロ粒子は薬を閉じ込めるカプセルのような働きをして、ゆっくり薬を放出する(徐放)ことができるので、濃度を一定に保ちつつ投与頻度を下げる効率的な治療が実現できます。たとえば歯科ではArestinという歯肉炎用の抗生物質をマイクロ粒子に入れたものがすでに臨床で使われています。抗がん剤でもすでに多数製品化されています。ナノ粒子は小さいために徐放効果は期待できませんが、細胞に直接取り込まれること、また抗がん剤においては新生血管の隙間をナノ粒子が透過し腫瘍に蓄積する(EPR効果)ことから効果が高いと考えられ、臨床試験も行われています。

 具体的な研究テーマと研究目的について説明して下さい。

大学院・ポスドクではエクソソームと呼ばれる細胞が出すナノ粒子のようなもの(図)の役割と応用について研究していました。そもそもエクソソームの体内での役割もよく分かっておらず(ゴミだと思われていた)、中に何が入っているのかも最近ようやくわかってきたという段階ですが、実は製薬企業も注目しています。応用例としてはエクソソームそのものをドラッグデリバリー用カプセルとして使うことや、エクソソーム中のマーカー分子を使った診断が研究されています。


エクソソームの概略図(武田の博士論文より引用)

○ 日本と留学先での研究環境の違いについて具体的に教えてください。 

いろいろあると思いますが今回は実験装置の話をします。アメリカでは実験機器をシェアしていることが多いです。学内で装置のある研究室、もしくはResearch Facilityなどと呼ばれる共用の実験施設を使うこともありますし、場合によっては他大学の装置を使わせてもらうこともあります。ボストンは大学や研究機関が多くあるので、コラボだけでなく装置のシェアもやりやすいです。各研究室で装置をそろえる必要がないのはいいことですが、使用頻度が上がる分よく壊れています。あと中古の備品を手に入れて使うケースが日本と比べると圧倒的に多い気がします。eBayで買ってくることもあれば、研究室や製薬企業のラボが閉鎖になりオークションで装置を買い付けるということもあります。安上がりになっていい反面、機器のクオリティは日本の研究室より低いこともよくあります。

ご自身が研究者を目指された「きっかけ」や、研究の「面白さ」について説明してください。

紙面の都合上、今回はきっかけだけ。もともと人の役に立つものが作りたいとずっと考えていました。はじめはロボットが作りたくて機械工学を専攻したのですが、もっと直接的に役立つことは何かと考えたところ、医療に行きつきました。そこで機械工学を生かすなら医療機器の開発でもやればよかったのですが、進路を考えていた2007年に山中先生のグループがヒトiPS細胞樹立の論文を出したのもあり、再生医療に興味を強く持つようになりました。そこから留学先では紆余曲折を経て生物と化学の境界領域の研究に入り込み、挙句は医学部付属病院のラボでポスドクを試みるも上手くいかなかったりして現在に至ります。

○ 一日のスケジュールを円グラフで教えて下さい。


就職してからは車での長時間通勤となり、移動中はラジオやポッドキャスト、オーディオブックを聞くようにしてできるだけ時間を有効活用するようにしています。

これから留学を目指す学生にひとことアドバイスをお願いします。

留学することで日本では会うことのないような、いろんな人に会うことができました。そんな人たちから影響を受けたことが、いわゆる「視野が広がった」と言われる体験なのかなと思います。損得は関係なく、人との出会いそのものが楽しいと思うなら留学はいいことなんじゃないですかね。

○ 武田さんにご質問がありましたら、カガクシャ・ネット宛にお気軽にご連絡ください。
○ 次回の更新は6月上旬を予定しております。お楽しみに!


著者略歴
 武田 祐史 (たけだ ゆうじ) 

 京都大学工学部物理工学科、同大学大学院工学研究科機械理工学専攻修士課程を経て、 2011年からタフツ大学医療工学科博士課程に在学し2016年に学位を取得。 
 ブリガム&ウィメンズ病院、ハーバードメディカルスクールにてリサーチフェローを務めた後、2017年からボストン郊外のバイオテックにて製剤設計の研究開発をおこなっている。
 カガクシャ・ネットのスタッフには2011年に志願。その後2015年からカガクシャ・ ネット5代目代表を務め、「理系大学院留学」の第三刷改訂分、「研究留学のすゝ め」第15章 大学院留学のすゝめ」を執筆。 

 インタビュー記事: https://theryugaku.jp/1669/ 
 武田個人ページ: https://sites.google.com/site/yujistakeda/

━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年4月29日日曜日

アメリカ大学院留学体験談:日本企業による派遣留学

今回は、アメリカの大学院に現在留学されている安田徹さんの留学体験談をご紹介します。日本の企業から派遣され、修士号の取得を目標に日々活躍されている安田さんに、留学の大要について綴っていただきました。

○ 留学の経緯について

2015年に「グローバル人材の育成及び繊維学習得」を目的とする国外留学の対象者として社内で選出されました。留学先がノースカロライナ州立大学(NCSU)であるのは、同校が弊社の業務と関係する繊維学の教育・研究が盛んなことと、弊社とかねてから交流のある信州大学繊維学部の教授の方から勧めて頂いたためです。2017年の春入学を目指し2016年に同校への出願を行い、入学許可を頂けたので2017年1月に入学させて頂きました。

安田さん(大学キャンパスにて)

○ 留学体験談

2016年は会社の業務と並行して留学準備(書類作成、試験)を進めましたので大変でした。特に2種類の試験(IELTS、GRE)の対策に苦心しました。受験した試験の成績の一部(IELTSのスピーキングセクション等)は大学の要求水準には満たなかったのですが、結果的に入学許可を頂けました。留学が始まってからしばらくの間は生活、学業ともに戸惑うことが多かったです。できる限りの準備をして渡米しましたが、当地に来て初めて知ることも多かったです。幸い先輩の日本人留学生の方にお会いできて様々なアドバイスを頂けたので助かりました。大学の授業の数は想像していたより少なく、講義の時間よりも課題や試験対策で自習に充てる時間が長いです。授業のレベルは難し過ぎず、英語の専門用語が身に付くのが良いと思いました。復習と課題、試験にしっかりと取り組むことで、十分な成績を得ることができています。言語に関しては、英文の読み書きは何とかなりましたが、英会話に苦労しています。オーラルコミュニケーションの重要性と必要性を痛感しました。

○ 今後留学される方へのアドバイス

留学準備には十分に時間をかけてできる限り多くの情報を収集すること、英会話に十分に慣れておくこと、現地で頼れる人を見つけること、などが重要だと思います。上手くいかないことや自分の思い通りにならないことがあっても気にし過ぎないことも必要な心構えだと思います。

○  次回は5月下旬の発行予定です。お楽しみに!
○  安田さんへのご質問は、カガクシャ・ネットまでどうぞ
○  カガクシャ・ネットでは随時読者の皆さまからのご質問やご感想、「こんな記事が読みたい」といったご要望をお待ちしております!


著者略歴

 安田 徹(やすだ とおる)

 1984年11月15日生まれ(神奈川県横須賀市出身 )
 2009年3月 東京大学農学部卒業
    4月 日本フエルト株式会社入社
    10月 同社技術第3部
 2010年10月 同社研究開発部
 2017年1月 ノースカロライナ州立大学(NCSU)大学院 College of Textiles 修士課程 入学
 2018年5月 同大学院卒業見込み

・入社1年目は、得意先の製紙会社を定期訪問し製紙用フェルトに関する技術サービスに従事。
・2年目より、研究開発部にて製紙用フェルトに関する研究や新製品開発に従事。
・これまでの海外への渡航経験は一度(2012年に中国の上海に出張)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年4月15日日曜日

とあるバイオ系学生の冒険記録:分野と国境を越えてPhD studentになるまで(後)


前回から2回に渡って、テキサスA&M大学ガルベストン校の博士課程に留学中の梅木由有さんに留学準備を通して考えたことを紹介していただいています。梅木さんのご専門は海生哺乳類で、日本で獣医学科を卒業された後、2017年の秋からの留学です。後編の今回は、特に大学院留学について検討している学部生の方へ向けて、具体的な留学準備や渡航後に気づいたことについてまとめていただきました。


テキサスA&Mガルベストン校・研究室のある建物

○ 大学院探しの旅

私の場合、希望している分野にコネクションをもっておられる先生が身近にいらっしゃらなかったので、自分でその分野の研究を行っている研究室や、文献の著者などをインターネットで探して、ラボの教授やadmission担当者にメールで院生を募集しているかどうかを問い合わせる、という作業をしました。

しかし、当初は国内の院とで進路を迷っていたこともあり、本格的に海外へメールでの問い合わせを始めたのは7月頃でした。そもそも、海生哺乳類を扱っている大学院自体が決して多くはなく、問い合わせても院生を募集していないこともありました。メールを送った先生方のうち、現在の私のラボの教授から「来年、院生のポジションがあるから、とりあえず推薦状を3通送ってくれる?」と返信があり、その後推薦状を提出したところ、案外すんなり受け入れの許可が出た、という流れでした。当時私は、11月の卒業論文発表や翌2月の獣医師国家試験などの準備に追われていたこともあり、8月末にその受け入れの返事があった時点で、他の研究室探しにある程度区切りをつけて、TOEFL・GRE対策と出願手続きに移行しました。そのため、最終的に正式に出願したのはTexas A&M Universityだけでした。一般的には、留学を決めた段階で、滑り止めも兼ねて興味のある大学院に複数申し込む人が多いようなのですが、私のようにコネクションが無くても、運良く申し込んだところに転がり込めることもあるようです。もちろん時間が許す場合は、できるだけ精査して自分の納得のいく院を見つけたほうがいいと思います!

ちなみに、Texas A&Mに提出した推薦状は学部の研究室の教授、オーストラリアに留学する際にお世話になった国際交流担当の学部の先生、オーストラリアで鯨類研究のアシスタントのボランティアを一緒にしていたイギリス人の方に書いてもらいました。教授からOKの返事があった後にDepartmentの募集要項に従い出願に必要な書類を提出し、教授の要望でラボ訪問も行いました。

このように、全くつながりのない教授でも、連絡をとってみないことにはどう出るかわかりませんので、恐れず遠慮せずどんどん自分から動いてみてください。アメリカの教授はフレンドリーな方が多いので、見ず知らずの相手にでも意外と返信してくれます。

○ GRE, TOEFL対策

私は残念ながら院留学を決めた時点でTOEFLやGREのスコアを持っていなかったため、一から勉強しなければなりませんでした。試験までの準備期間が短すぎた私からはあまり具体的なアドバイスはできそうにないのですが、もし大学院留学を少しでも考えているのなら、まずその時点でテキストを開いてみることをおすすめします。

GREに関しては、私のDepartmentはあまりスコアを重視しないところだったので、特に下限の点数なども定められていなかったのですが、人気の大学院などはここで足切りが入るようです。すでにいろいろな方がおっしゃっているように、GREは「アメリカの学部卒生向け」の「大学院入試」なので、「留学生向け」の「英語試験」であるTOEFLとは問われる内容も難易度も格段に違ってきます。簡潔に言えば、GREは各分野の専門用語の詰め合わせのような試験です。TOEFLはまず問題を聴き取れるだけのリスニング力をつけることが大前提ではありますが、TOEFL・GRE両方に言えることは、 とにもかくにも「語彙力」が勝負の分かれ目となってくるということです。特に言語起源が異なる日本人にとって語彙力は伸ばすのに時間がかかる分野だと思うので、十分余裕をもった対策計画を立てることが理想的です。

また、これらの試験は受けられる日程や場所が限られており、受けてから正式な成績が届くまでに数週間のタイムラグがあります。つまり、対策をしてある一定のスコアを得、提出できるようになるまでには、少なくとも数ヶ月以上のスパンが必要と見積もっておいたほうがよいです。人それぞれ勉強効率や得手不得手は異なるので一概には言えませんが、個人的には、TOEFLは2~3ヶ月ほどの短期間でも「戦略」を立てればある程度点を伸ばすことができる試験だと思います。ただ、GREは付け焼き刃でどうにかなるほど甘いものではないなという印象でした。特に、2つの試験を同時進行で勉強しなければならない場合や、そこに卒業論文や国家試験、大学院への申請書類の準備も加わってくる場合は、精神的にも体力的にもつらくなってくるので、早めに学習計画を立てることを強くおすすめします。私は学部最終学年で全てをほぼ同時進行し、正直なところかなり消耗しました。

最終的に大学院留学をするにしろしないにしろ、英語は身につけておいて損は絶対にないですし、特にGREで学んだ専門的な語彙やライティングスキルは、その後も科学のフィールドで強みになると思います。ですので、少しでも院留学の可能性を考慮しているのならば、あるいはしていなくても、ぜひパラパラとテキストに目を通してみてください。自分の現在の位置を把握するのにも役立つと思います。

テキストとしては、私は公式のものとPrincetonを購入しました。Princetonは問題形式に対応した速く正確に解くための「裏ワザ」的な解説が載っているのが心強いのですが、難易度的には少し公式より易しめかなと感じました。MagooshやBarronsなども有名ですが、Magooshはよく出る順に単語がまとめられているパートがある点が良いなと思いました。Barronsは公式よりも少し難易度が高めだと聞いたことがあります。いずれにせよ、できる限り問題数をこなして(特に数学パート)、語彙力を強化し、問題形式に慣れることが重要なんじゃないかなと思います。

○ 合格通知後の渡航準備

おそらく他の多くの留学生と同様に、私もビザ手続きには頭を悩まされました。

留学の場合はほぼF-1ビザを申し込むことになりますが、その手続きを進めるためには留学先から発行されるI-20(入学許可証のようなもの)が必要です。このI-20とその他の個人情報をオンラインで提出すると、アメリカ大使館での面接予約を行うことができるようになり、面接で問題なければビザ発行という流れになるのですが、このI-20がまぁ届かない!

面接予約に数ヶ月待たなければならないこともあるという情報を目にしたことがあった私は、3月末に大学から合格通知が届いて以降、何度もメールで催促していました。しかし、International Student Service (留学生係)からは何の音沙汰もなく、いよいよ国際電話をかけなければいけないか…?そもそも本当に留学できるのか…?と半ば疑心暗鬼になっていた7月の頭にようやく書類が届きました。

その後、面接は運良く1週間も待たずに大阪で受けることができ、無事怪しまれずに済んだようで、ビザが発行されて届くまでも1週間もかからず一安心といったところでした。面接は、本当は福岡で受けたかったのですが、7月末まで空きがなかったためやむを得ず大阪で受けました。面接自体は面接官にもよるとは思いますが、私の場合は流れ作業的な早さで終了しました(笑)質問は、「どこで何年、何を学ぶのか」「留学中誰がお金を払うのか」「留学後は日本に帰るのか」といった内容だったと思います。

I-20到着後は比較的スムーズに手続きが進んでよかったのですが、それまでは正直ヒヤヒヤでした。こちらが催促しなければその分遅れるといったことはよくあるので、遠慮せずに問い合わせていいと思います。

キャンパスは海に面していて、観測で使う船が係留されています。

○ もっと取り組んでおきたかった留学準備

● 英語学習と自己主張
論文を読みこなしたり、講義を理解するために専門用語の知識はもちろん必要です。しかし、現地社会に溶け込むための日常英会話力も同じくらい重要だと私は思います。というのも、大学院留学は長期戦で、少なくとも数年間はその土地で腰を据えて生活することになります。その中でさまざまな人々と交流し、多様な考え方に触れたり、有益な情報を得たりするプロセスは、生活を充実させるために大切なものだと考えるからです。そのため、ネイティヴ同士のカジュアルな日常会話の語彙やスピードにもある程度慣れておくことをおすすめします。

こちらの人は基本的に、何事に関しても自分なりの意見をもっており、些細なことでもディスカッションすることが大好きです。そういった小さなディスカッションは自己主張の場であると同時に、相手の人となりを知るいい機会だからです。そのため、そこでだんまりをしていると「何を考えているのかよくわからない人」という印象を与えることになります。アジア人が一般的に「おとなしい」とか「ミステリアス」と言われるのはそのためだと思います。私たちには日常的にその都度自己主張をする習慣があまりないので、いざそういったアウトプットが求められる局面にいきなり立たされると、案外言葉として出てこないものです。こういった会話の場に積極的に参加できるようにリスニング力とスピーキング力を鍛え、そして自分の思考を常に言語化する習慣をつけておくと、より早く周りと打ち解けることができると思います。

練習はすればするだけ自信にも繋がりますし、何より、コミュニケーションにおいては「上手い下手」よりも「伝えようとする気持ち」が一番大切です。そもそも、世界各国の「訛り英語」が入り混じったアメリカでは、誰も間違いなんて気にしていないように思います。どうか、間違いを恐れずに、英語を使う機会を最大限に活かして実力を伸ばしていってください。

● 日本や他国の文化・社会への理解
これもよく言われることですが、こちらの友達と話していると、自分がいかに日本について知らないかということに気付いて愕然とします。例えば、私は友達に「日本ってなんであんなに果物が高いの?」 「神道って何なん?」といきなり聞かれて、何となく知っているつもりのことばかりなのにうまく説明できず悔しい思いをしました。そして、語彙の問題もありますが、実は説明できるほど自分は正確には知らないのだということに思い至りました。またある日は、中国人留学生に日本ではチベットは独立国と習うかどうかについて聞かれ、「独立国だったと習ったと思う」と答えると自信満々に「いやいや中国だよ!」と返されました。日本では経験したことのなかったそのような会話の展開にも面食らいましたし、漠然とした知識しか持ち合わせず十分に議論できない自分も情けなかったです。

このような思いをしないためにも、事前に日本や他国の社会や文化について学び、それを英語で話題提供できるように準備しておくことは大事です。しかし、それだけで終わらせず、ぜひその先の「自分自身の意見は何か」ということについても考えを巡らせてみてください。知識は会話のきっかけ作りに役立つものですが、実際の相手はあなたがどれだけ博識なのかを知りたいわけではなく、あなたがどんなバックグラウンドから来て、どんな考えをもっているのかを知りたがっています。少なくともこちらでは、知識に基き論理的に思考できることが教養であり、実際の会話で本質的に重要視されているように感じます。

○ 次回のメルマガは4月下旬にお送りします。 


とあるバイオ系学生の冒険記録:分野と国境を越えてPhD studentになるまで

 2


著者略歴

 梅木由有(うめき ゆう)

 学部時代にトビタテ!留学JAPANに採用され、オーストラリアへ短期留学。
 その経験によりわかりやすく海外志向が刺激され、学部卒後の2017年秋に
 Texas A&M University のMarine Biology でPhD留学を開始。
 現在、海生哺乳類の潜水生理を研究すべく精進中。 

━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 日置 壮一郎
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年3月25日日曜日

とあるバイオ系学生の冒険記録:分野と国境を越えてPhD studentになるまで(前)

今回から2回に渡って、テキサスA&M大学ガルベストン校の博士課程に留学中の梅木由有さんに留学準備を通して考えたことを紹介していただきます。梅木さんのご専門は海生哺乳類で、日本で獣医学科を卒業された後、2017年の秋からの留学です。前編の今回は、海外経験が皆無だった梅木さんがどうして、アメリカ留学を志すようになったのかについて執筆していただきました。

Monkey Mia(豪)での野生イルカに携わるボランティア

○ オーストラリアでの気づき

私が大学院留学を進路の一つとして考えるようになったきっかけは、学部5年生(獣医学科は6年制)の頃に行ったオーストラリア留学です。オーストラリアには半年ほど滞在していましたが、そのうち初めの約3ヶ月間はトビタテ!留学JAPANという留学支援制度を利用して、語学研修と野生動物病院での臨床実習に参加しました。その後は、ワーキングホリデーのビザを取得していたため、アルバイトやボランティアなどに取り組みました。

それまで、海外経験などほぼ皆無であった私にとって、オーストラリアでの出来事は全てが新鮮で、大きなパラダイムシフトをもたらすものとなりました。

動物病院での実習やバイト、ボランティアを通してさまざまな貴重な経験を得ることができたのはもちろんですが、むしろ私の価値観を大きく変えたのは、日常生活からの学びのほうかもしれません。「カルチャーショック」と一言で表してしまえばありきたりに聞こえるとは思いますが、「百聞は一見に如かず」とは本当によく言ったもので、実際に現地で人々の生活に触れると想像以上の衝撃があります。

例えば、夏はみんなビーチサンダルで通勤・通学し、 Subwayの店員さんは休憩時間に普通にドリンクバーを飲み、通行人に道を訊いたら知らないのに精一杯適当に答えてくれ、5時以降に仕事をしていると「帰れ」と言われてしまいます 。そして彼/彼女らにとってはそれが当たり前で、実際に社会が回っているのです。また、ユースホステルに泊まると世界各地からやって来たバックパッカーの若者が大勢泊まっていて、彼らは世界旅行の途中だったり、進学資金のために働いていたりします。私は、海外の若者はよくバックパックをしているということは何となく知っていましたが、それが「ギャップイヤー(高校を卒業してから大学に入るまでの間、社会学習のために自由に過ごす時期)」と呼ばれ、社会的に認められている(特に豪、欧州圏)ということはそこで初めて知りました。

そんな日本以外の社会の「緩さ」や「自由さ」 、人々の「人生を楽しんでいる雰囲気」を肌で感じ、一方で、自分が今までいかに日本社会の「こうであるべき」「こうしなければいけない」という、いわゆる固定観念や常識に囚われ、狭い枠組みの中で思考していたかということに気付かされました。そして、それは同時に、もっと自由に自分の道は自分で造っていっていいのだと無意識下の鎖から解放された瞬間でもありました。

Currumbin Wildlife Hospital(豪)での臨床実習


○ どこでも生きていける人間力

また、バックパッカーの人々との交流を通して、自分と同年代あるいは年下の世代でも優れた語学力や国際感覚、強い自立心をもっていることはごく一般的であるということを実感しました。具体的には、ヨーロッパやアジア圏出身者でも英語をコミュニケーションツールとして使いこなしていたり、社会情勢や異文化の中での立ち居振る舞いを心得ていたり、大学の学費を自分で工面していたり、どんな場面でも自分の意見をはっきりと述べたり、といったことです。当然、そこにはそもそもの文化背景的な違いがあるにしろ、 自分自身や同世代の日本人を彼らと比較した際に、私は焦りや悔しさを感じました。急速にボーダーレス化が進むこの時代の中で、私は、日本は果たしてこのままでいいのだろうか?と考えさせられたからです。

このようにしてオーストラリアで体験した衝撃が、「外の世界でもっと多様な価値観、社会に触れ視野を広げたい」「世界の人々と対等に話ができる力を身につけたい」という原動力として働いているように思います。

こうして書いていると、万事順調にいったように思われるかもしれませんが、留学中はもちろん、実は留学前にもさまざまなハプニングがありました。しかし、それらを乗り越えていくことで「大抵のことはやってみたら何とかなるし、うまくいかなくても後で笑い話にできるからいっか」と鷹揚に構え、何事にも積極的に挑戦していく姿勢に変わったと思います。私は留学後から、将来の選択肢として海外での就職を考えるようになりました。海外就職のためにはこういった「どこででも生きていける人間力」のようなものが必要になってくると思いますし、純粋に、この力をレベルアップさせたら生きていく上で面白いことが増えそうだなと思ったことも再留学を考えた理由の一つです。

○ 留学を決意するまで

しかし、学部6年生という最終学年に入った当初、実は進路について具体的には決めていませんでした。そもそも、私が獣医学科へ入ったきっかけは海生哺乳類について学びたかったからなのですが、学部課程でそれらの動物が専門的に扱われる機会はほとんどありませんでした。そのため、獣医師として臨床現場に入るよりも、海生哺乳類についてより深く学びたいという思いがありました。加えて、上記のような留学経験からまた海外に出たいという思いもあったため 、国内外を視野に入れ、海生哺乳類を扱っている大学院への進学を検討し始めました。

国内の院も候補に入れていたのは、やはり正直なところ、専攻を変えることや第二言語で院課程へ進むこと、経済的負担に対する不安があったためです。専攻を変える、というのは、 私が学部時代に関わっていた研究は院で行いたいと考える研究と全く異なり、希望の研究分野を扱っている院自体、獣医学系よりも海洋生物学系の方が多かったため、研究内容も所属先もガラリと変えることになったという意味です。また 、海外に行く場合、そのような学術的な環境の変化に加え、言語や文化の違いも加わってきます。しかし、海外の院について調べるうちに、メリットも多くあることを知りました。

ここでは主にアメリカの大学院に焦点を絞りたいと思います。まず、アメリカの大学院の最初の2年ほどは自分の専門分野や統計学などの講義を取る期間になっていることが多いため、私のように学部生から専攻を変えた人間にとっては特に、研究の基礎的な力をつけるための学び直しがしやすくなっています。また、これはアメリカの大学院に行く最大のメリットでもあると思うのですが、学生への経済支援制度がよく整っているのも非常に魅力的な点です(ヨーロッパ圏の大学院にも学費が無料または格安のところはあります)。アメリカでPh.D. として入学すると、ほとんどの場合は「Teaching assistantまたはResearch assistantとしてラボの教授が雇い入れる」という形で給料が支給され、学費は免除となります。そのため、院生は学費や生活費のために奨学金を借りたり、バイトをしたりする必要がなく、その分研究に集中できるという仕組みになっています。さらに、私のように海外就職に興味のある場合は、学生のうちからアメリカにいる分、近辺の興味のある就職先のインターンシップなどに参加しやすくなるというメリットもあります。一方で、アメリカでPhDの学位を取得するためには、日本にはないpreliminary exam やdefenseとよばれる厳しい試験も待っているため、その分難易度が上がるのも事実です。しかし、それらも長い目で見れば自分の力を伸ばす上で確実にプラスになるものだと思いますし、乗り越えられるかどうかはやってみないとわかりません。 むしろ、精一杯やって乗り越えられなかったら、自分はアカデミアには向いてなかったのだなと潔く身を引くことができるというものです。そういうわけで、長い葛藤を経て、私は最終的にアメリカでの大学院留学を決意したのでした。

後編へ続く

○ 後編は4月中旬にお送りします。お楽しみに!
○ 梅木さんへのご質問は、カガクシャ・ネットまでどうぞ



とあるバイオ系学生の冒険記録:分野と国境を越えてPhD studentになるまで

1 
 


著者略歴

 梅木由有(うめき ゆう)

 学部時代にトビタテ!留学JAPANに採用され、オーストラリアへ短期留学。
 その経験によりわかりやすく海外志向が刺激され、学部卒後の2017年秋に
 Texas A&M University のMarine Biology でPhD留学を開始。
 現在、海生哺乳類の潜水生理を研究すべく精進中。
━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 日置 壮一郎
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年2月26日月曜日

連載「日米両国のアカデミアでの就職体験談」(後):再びアメリカへ

大学院留学後の進路として多くの方が一度は考えるアカデミアでの就職。前回は日米両国のアカデミアでの就職経験をもつ石井聡さんに、アメリカでの博士号取得後~日本のアカデミアでの就職までの経緯について綴って頂きました。後半の今回は、再び渡米されることになった経緯についてご紹介いただきます。


北海道大学の助教として自由に研究できる環境にいた私ですが、ミネソタ大学でのAssistant Professorの公募を目にしてから、再びアメリカのアカデミアを目指すことにしました。それにはさまざまな理由があります。1つ目の理由は、募集要項と私の研究経歴がマッチしたことです。ミネソタ大学で農業由来の汚染を微生物&工学的アプローチ解決できる人を募集するとあったので、農学・微生物学・工学を学んできた私の経歴にぴったりだと思い応募しました。 

2つ目の理由は、新たな研究分野を開拓したかったことです。これは北大のポジションに応募したときもそうでしたが、自分をさらに成長させられる環境に身をおきたかったという理由です。さまざまな分野の研究者と共同研究を行うことによって自分自身の研究の幅をさらに広げたいという思いもありました。 

3つ目の理由として、アメリカは日本よりも研究費が潤沢というイメージもあったからです(これに関しては後述します)。 

ネガティブな理由としては、北大では准教授に昇進できる可能性が小さかったことが挙げられます。教授・准教授とも若く、准教授のポストが空く可能性はなかなかありませんでした。これに関しては応募の時点でわかっていたので、いずれは外に出なければいけないと考えていました。 

また、自分の成果が北大から正当に評価されていないと感じられることがありました。北大では助教は指導教員になれないため、私が研究指導した大学院生は、正式には教授が指導したことになります。論文もラストオーサーは常に教授でした。給料は博士号取得からの年数をベースに決められる計算式で、最初に給与明細をみたときは少なくてなにかの間違いではないかと人事部に問い合わせたほどでした。

いろいろな理由を挙げてみましたが、アメリカのアカデミアで自分がどれほどやっていけるのか試してみたかった、というのが、一番大きな理由かもしれません。日本のプロ野球選手がメジャーリーグでどこまで通用するか試してみたい、というのと同様です。 

アメリカ・アカデミアの採用プロセスは、日本のそれと比べてオープンな印象を受けました。アメリカ・アカデミアでは、書類選考から選ばれた候補者は、現地に呼ばれてインタビューされ、セミナーを行いますが、そのセミナーには選考委員だけでなく、他のファカルティ・大学院生・ポスドク等、誰でも参加できます。またセミナーの前後には、関連分野のファカルティと1対1でディスカッションをして、その候補者が同僚としてふさわしいか評価されます(候補者にとっては、その大学に共同研究をしやすいファカルティがいるかどうか判断することもできます)。また、大学院生やポスドクとランチミーティングをすることも多く、大学院生からも候補者は評価されます。これらのファカルティや大学院生・ポスドクからの候補者の評価は、数値化されて選考委員に送られ、最終判断が下されます。インタビューの旅費も全て大学が負担してくれます。私自身がインタビューをされたときもそうでしたし、私が関与した他の教員採用のときもそうでした。 

それに比べて、日本のアカデミアにおける採用プロセスは基本的にクローズドです。誰が申請しているのかは、選考委員以外は知ることはありません。誰にも知られたくないという申請者にとってはいいかもしれませんが、客観的な選考が行われているかは(実際に客観的だったとしても)外部にはわかりにくいと思います。インタビューも選考委員との面談がメインで、旅費が支給されることはほとんどないため、海外からの申請者には負担が大きいと思います。 

アメリカでは、卒業生が出身大学のファカルティになることは多くないのですが、私の場合は卒業後に複数の大学でポスドク・助教の経験を積んだことが評価されたようです。大学からジョブオファーを受けたあとは、スタートアップ研究費の金額やラボの広さ、着任日、授業免除の期間など、さまざまなことを交渉しました。 

こうして、私は2015年にミネソタ大学にAssistant Professorとして赴任しました。大学から期待されている環境浄化研究を進めつつ、医学系や工学系の研究者と共同で新たな研究テーマにも取り組んでいます。アメリカのAssistant ProfessorはPrincipal Investigator (PI)なので、ラボのマネジメントから学生指導にいたるまですべてに関して自分が責任を持ちます。これは大変なこともありますが、やりがいがあります。

北大では助教、ミネソタ大ではAssistantProfessor、日米両国で似たような立場を経験しましたが、両者の違いを実感することは多くありました。日本の助教は、大学や立場にもよりますが、授業の負担はあまり多くないと思います。しかしながら、アメリカのAssistantProfessorはFull Professorにかかるのと同等の教育負担があります。アメリカの大学生は熱心に勉強しますし、宿題や試験の数も量も多いので、その準備や採点はなかなか大変です。

研究費申請にかかる負担が大きいのも近年のアメリカのアカデミアの特徴でしょう。北大・助教時も科研費を含めて研究費申請書は数多く書いていましたが、執筆の分量はそれほど多くありません。アメリカの研究費申請書は数十ページに及ぶことが多いため、作成に多大な時間と労力を要します。それでいて採択率は数%程なので、十分な研究費を獲得するためには、一年中申請書を書かなくてはいけません。最近は論文執筆に割く時間を十分にとることができず、論文草稿やデータが溜まっています。

また、無事採択されたとしても、連邦政府からの研究費(National Science Foundation、National Institute of Health等)の場合、直接経費の半分以上(全体の3分の1以上)に相当する額を間接経費として大学に納めなければなりません(全体額=直接経費+間接経費)。直接経費からは自分の給料の一部(大学からは9ヶ月分の給与しか払われないので、残りの3ヶ月分は研究費から捻出)と大学院生の給料+授業料+保険料を払うので、実際に研究に使えるのは、申請金額の15%ほどになってしまいます。これだと消耗品と学会旅費だけで終わりで、研究機器を買うことはほぼ不可能です。日本の大学でも間接経費はありますが、アメリカに比べると少ない金額ですし、なにより大学院生に給料を払う必要はありません。金額でいうと、北大・助教時に獲得した研究費はそれほど多くありませんが、それでも機器を買ったり、十分な量の試薬を購入したりすることはできました。

このようにアメリカのアカデミアは、日本のアカデミアと比べると、大変なことが数多くありますが、その分やりがいも感じています。やりがいを支えているのは、自分の努力が正当に評価してもらえるという実感です。ここでは、教育にせよ、研究にせよ、自分の能力が試され、そしてフェアに評価されていると感じます。Assistant Professorの私は数年後にテニュア審査を控えています。テニュア審査では、当該教員がこれからもアメリカのアカデミアでやっていけるのか、投稿論文の数および質・研究費採択結果・指導した学生からの評価・授業の評価・アウトリーチ活動など、さまざまな角度から総合的に評価されます。私はまずはテニュア取得を目指して教育・研究に励んでいきます。

おわりに 
若手ファカルティにとって、日米アカデミアにはそれぞれに違った良い点があると思います。どちらがよいかは、大学や研究室、その人の性格によって異なるので一概には言えませんが、厳しい環境に身をおいて自分を成長させたい人はアメリカのアカデミアに挑戦してみるのもいいかもしれません。

○ 次回は3月下旬の発行予定です。お楽しみに! 
○ 石井さんにご質問がありましたら、カガクシャ・ネット宛にお気軽にご連絡ください。
○ カガクシャ・ネットでは随時読者の皆さまからのご質問やご感想、「こんな記事が読みたい」といったご要望をお待ちしております!

Image courtesy of Michal Jarmoluk at pixabay.com

著者略歴

  石井 聡(いしい さとし)

 2001年3月 東京大学にて学士号を取得。
 2003年8月 Iowa State UniversityにてM.S.取得。 
 2007年8月 University of Minnesota – Twin CitiesにてPh.D.を取得。 
    9月 東京大学大学院農学生命科学研究科にてポスドクおよび特任助教。 
 2011年4月 北海道大学大学院工学研究院にて助教。 
 2015年4月 University of Minnesota – Twin CitiesにてAssistant Professor。

 専門は環境微生物学。微生物を利用した環境浄化研究に従事。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年1月28日日曜日

連載「日米両国のアカデミアでの就職体験談」(前):アメリカでのPh.D.取得~日本のアカデミアでの就職

今月から「アカデミアでの就職体験談」をテーマに、カガクシャネット・メルマガの新しい連載がはじまります。大学院留学後の進路として多くの方が一度は考えるアカデミアでの就職。今回の連載では、日米両国のアカデミアでの就職経験をもつ石井聡さんに、両国のアカデミア事情について対比的に語って頂きます。

前半の今回は「アメリカでのPh.D.取得~日本のアカデミアでの就職」です。


私はミネソタ大学でPh.D.を取得したのち、日本国内でポスドク、助教を経験したあと、 再びミネソタ大学に戻り、現在はAssistant Professorとして教育・研究に従事しています。アメリカ大学院留学→日本のアカデミア(ポスドク・助教)→アメリカのアカデミアというキャリアパスは、どちらかというと珍しいと思います。なぜ、こういうキャリアパスを経ることになったのか、また日米両国のアカデミアの 職場環境の違いなどについて私見を交えて紹介したいと思います。 

もともと日本のことが好きな私は、ゆくゆくは日本で研究職に就きたいと考えていました。学部卒業後すぐに渡米しましたが、アメリカでの大学院留学は武者修行のような感覚でした。Ph.D.取得にメドがついた頃に、幸運なことに日米両方からポスドクオファーをいただきましたが、研究内容および将来的なことを考え、日本に戻ることにしました。

ポスドクで所属したラボは、私が学部のときに卒論研究を行った研究室でしたが、 私が卒論時にお世話になった教授、准教授は退任・異動されていました。一時帰国の際や国際学会等を利用して、新しく着任された教授と意見交換しておいたのが、 ポスドクオファーにつながったのかもしれません 。ポスドクでは自由に研究をさせていただき、 新しいスキルを身につけることができました。また、国内の学会に参加・発表する機会に恵まれたので、日本の先生方とのネットワークを構築することができました。日本でもアメリカでも、アカデミアに就職する場合は、研究者とのネットワークは大切です。その分野で目立つ存在になることによって、応募書類に目を留めてもらいやすくなりますし、紹介してもらえるチャンスも増えると思います。

ポスドク生活を楽しみつつ、その後の身の振り方を考え始めたとき、北海道大学(北大)大学院工学研究院で環境微生物の助教を募集しているという公募をみつけたので、応募してみることにしました。私はもともと農学系ですが、工学部でも水処理等で環境微生物研究が盛んです。 多くのエキサイティングな 発見が工学系ラボから報告されていたので、私自身も工学系に移動して新たな分野を開拓したいと思いました。公募先の研究室の教授とは、学会でお話したことがありました。特にお声をかけていただいたわけではなく、分野違いの私が応募するとも思っていなかったようですが、無事採用していただけることになりました。

北大で助教として所属した研究室は講座制を取っていて、教授、准教授、助教(私)の3人の教員がいました。 それぞれに専門分野が若干異なるので、各自で自分の研究テーマを持ちつつも共同研究も行うという、講座制のメリットが生かされている研究室だったと思います。講座制での助教の立場は、研究室によって大きく異なると思います。私の場合は幸運なことに、自由に研究できる環境にありました。ときどき教授の研究テーマを手伝うこともありましたが、それにより研究の幅を広げられたので、いまから思えばよかったと思います。札幌も快適な街でとても気に入っていました。

そんな恵まれた環境にいた私ですが、再びアメリカのアカデミアを目指すことになります。 次回はその経緯および日米両国のアカデミアの職場環境の違いの詳細をご紹介します。

後半へ続く

Image courtesy of Sarah Pflug at burst.shopify.com

著者略歴

  石井 聡(いしい さとし)

 2001年3月 東京大学にて学士号を取得。
 2003年8月 Iowa State UniversityにてM.S.取得。 
 2007年8月 University of Minnesota – Twin CitiesにてPh.D.を取得。 
    9月 東京大学大学院農学生命科学研究科にてポスドクおよび特任助教。 
 2011年4月 北海道大学大学院工学研究院にて助教。 
 2015年4月 University of Minnesota – Twin CitiesにてAssistant Professor。

 専門は環境微生物学。微生物を利用した環境浄化研究に従事。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━