2018年6月29日金曜日

スタッフの研究紹介(III)「大気科学:50年後、100年後の社会に貢献するために」

第3回の今回は、カガクシャ・ネット編集部の日置さんの研究をご紹介します。日置さんは現在、テキサスA&M大学で大気科学を専攻されており、この夏に博士を取得される予定です。そんな日置さんに、大気科学の魅力と日々の研究生活についてお伺いしました。


○ 研究分野の概要を教えて下さい。
 大気科学は、大気に関係する幅広い研究を通して地球の大気の仕組みを解明することで、生命や財産に関わる気象情報の発出や、将来の気候変動とその影響の評価の基礎となる学問分野です。大気科学の研究者は3つの主な研究分野(大気力学・大気物理学・大気化学)と2つの時間スケール(気象学・気候学)の組み合わせで6つのグループに分けることができますが、複数の研究内容や時間スケールをカバーしている研究者も少なくありません。私たちの生活に欠かせない天気予報や気象警報・注意報は主に気象学の大きな成果です。天気予報の場合、予報の中心は大気力学ですが、大気化学もPM2.5の監視と予報、大気物理学もゲリラ豪雨の予報などに使われています。


○ 具体的な研究テーマと研究目的について説明して下さい。

私は人工衛星からのデータを使って氷雲(氷でできた雲)の氷粒子の大きさや形状を推定する研究をしています。日米欧の地球観測衛星には地球から宇宙へ向かう可視光線や赤外線の強さを複数の方向から測定できる観測装置が搭載されており、この装置で得られる雲の反射率の非等方性を利用して、雲を作る氷粒子について詳しく調べることが私の研究テーマです。氷粒子の大きさや形状は、雲ができた場所の温度や成長速度などに依存することが知られているので、この研究を進めることで雲の生成環境を継続的に宇宙から監視できるようになります。また、気候変動に与える雲の影響を評価するのに欠かせない情報を得ることができます。


○ 日本と留学先での研究環境の違いについて具体的に教えてください。

留学先は博士課程の学生の数が多く、互いに助け合いながら研究を進められる点が魅力的です。また、図書館や計算機システムなどの研究を支えるインフラや、文化施設やスポーツセンターなどの厚生施設の規模が大きく、多様なニーズに応えられていると思います。


テキサス州花のブルーボネットと職場(右奥)


○ ご自身が研究者を目指された「きっかけ」や、研究の「面白さ」について説明してください。
研究者となったきっかけは今の社会が持続可能ではないということを知ったことでした。いわゆる先進国の社会は産業も娯楽も化石燃料の消費に大きく依存していますが、そのような社会を永遠に続けることはできませんし、地球上の全ての人がそうした社会に住むこともできません。しかし、持続可能で幸せな生活を多くの人が共有できる未来に向けて努力することには意義があると思います。気候変動、エネルギー、食料の問題は複雑につながっており、科学による知見の蓄積、技術開発による困難の克服だけでなく政治的な合意形成も必要です。このため工学や医療と比べると大気科学の研究成果は社会への還元までに時間がかかりますが、好奇心や新発見のよろこびを大切にしつつ、自分の発見がどのように50年後、100年後の社会に役立つかを想像できることがこの分野の研究の面白さだと思います。

○ 一日のスケジュールを円グラフで教えて下さい。





○ これから留学を目指す方にひとことアドバイスをお願いします。
海外生活は日本での生活と同じように嬉しいことや悲しいことがたくさんありますが、そのひとつひとつが自分のことや自分の属する社会について考える良い機会になります。インターネットやマスメディアで展開される議論の中には、視聴者受けを狙ったものや、お金儲けの道具になっているものが少なくありません。実際に海外で生活して、いろいろなことを感じ、考えることで、数多くある日本や世界の問題のなかでも自分にとって特に関心があるテーマが見つかると思います。そうしたテーマをいくつか持つことは、卒業後の活躍の場を問わず、想像力と責任のある判断をする礎になると考えます。これから留学される皆さんの留学生活が、研究者としての腕を磨きつつ、世界や社会への理解を深める時間になることを期待しています。

○ 日置さんにご質問がありましたら、カガクシャ・ネット宛にお気軽にご連絡ください。
○ 次回の更新は7月上旬を予定しております。お楽しみに!


著者略歴

 日置壮一郎(ひおき そういちろう)

 2013年4月 東北大学宇宙地球物理学科 地球物理学コース 卒業
    2018年8月 テキサスA&M大学大気科学専攻 博士課程修了(見込み)

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発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
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2018年6月10日日曜日

スタッフの研究紹介(II)「繊維科学:無限の応用性を秘めた繊維材料を科学する」

カガクシャ・ネットの現役スタッフによる研究紹介の第二回目は、編集担当の向日さんに繊維科学についてご紹介いただきます。

Q1. 研究分野の概要を教えてください。
私の研究分野は繊維科学です。「繊維」と聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。洋服や服飾雑貨、寝具や絨毯をはじめとした、古来より存在する製品をイメージされるかもしれません。でも、最近では一見わからないようなところにも繊維材料(広義では細くて長いもの)が使われています。例えば、下図の自動車を見てみますと、繊維材料が車体やフィルタ、ブレーキパッドやタイヤにも使われていることに気がつきます。ほかにも、導電性や誘電性に富んだ繊維材料が電子回路の要素材料として利用されたり、生体適合性に優れた繊維材料が人工臓器を作る際に使われたりしています。繊維科学では、繊維材料に関する基礎理学研究と機械工学や電子工学、生体医工学等の幅広い分野での応用研究を取り扱います。



自動車に見る繊維(大越 豊『はじめて学ぶ繊維』日刊工業新聞社, 2011年, p.8より)

Q2. 具体的な研究テーマと研究目的について説明して下さい。
現在の研究テーマは、布の誘電特性(電圧をかけると電気エネルギーとして蓄える性質)を利用したウェアラブルエレクトロニクス(具体的には布でできたキャパシタや伝送路、アンテナ)の開発です。例えば、綿布は吸湿に優れるため、水分含有量が湿度によって大きく変わります。水分含有量が変われば誘電特性も変わりますので、誘電率(誘電特性を表す物理量)が湿度依存性を示します。これをうまく利用すれば、一般的な綿布に導電性繊維を組み込んでおくことで、湿度センサとして利用できるのではないか、というようなことに着目し、研究を行っています。

Q3. 日本と留学先での研究環境の違いについて具体的に教えてください。
カリキュラムに起因することですが、米国では修士課程、博士課程ともにコースワークに多くの時間を割かれます。研究をするためには知識が大切だと思っていますので、私は米国のシステムが好ましいと思いますが、トータルで研究に費やせる時間は、一般的な日本の大学院カリキュラムに比べてやや少ないのかもしれません。

Q4. ご自身が研究者を目指された「きっかけ」や、研究の「面白さ」について説明してください。
研究者を目指した背景には、ものづくりに対する好奇心が人一倍強く、「理論的背景を知りたい」や「自分で新しいものを創造してみたい」という気持ちがあります。もともと私の中では、「繊維科学」というと「すでに確立された古い分野」というイメージがあったのですが、高校の化学の勉強を通して、繊維科学というのは実はもっと可能性を秘めた分野なのではないかと思い始めたのが最初でした。日本国内の大学に進学後、スマートテキスタイル(従来は持ちえなかった機能を付加した新しい繊維素材)に関する研究があることを知り、大学院から本格的にこの分野に足を踏み入れました。
繊維科学分野の面白いところの一つは、異分野での応用だと思います。先にも述べましたが、繊維に関する研究は様々な産業分野で応用されており、要素技術として用いられることも少なくありません。無限の応用性を秘めた繊維材料は、大変魅力的な研究対象ではないでしょうか。

Q5. 一日のスケジュールを円グラフで教えて下さい。



Q6. これから留学を目指す学生にひとことアドバイスをお願いします。
「人生は選択の連続である」と言われますが、留学における最初の選択は、留学先(国・大学院・研究室)選びだと思います。大学院進学を志す方は、分野や研究トピックの絞り込みはある程度されているでしょう。また、国や大学院によって、授業料が違ったりファンディング獲得の難易度が違ったりしますので、これらの条件からある程度志望校が絞り込めるかもしれません。それでも、世界各地に星の数ほど存在する大学院の中から志望校を決めるというのは、大変な作業だと思います。なかなか決められない場合には、可能な範囲で、実際に研究室を訪問してみるのが良いと思います。研究室の雰囲気であったり、実験施設だったり、あるいはキャンパスや街の様子なんかは実際に行ってみれば意外とすぐに良い面や悪い面が見えてきます。私も応募の前には下見をしたのですが、旅費を考えてもその価値はあったと思っています。修士課程で1~2年、博士課程なら3~5年くらいはその環境に身を置くことになるでしょうから、現地到着後に「思っていたのとは違った」というのは避けたいですね。

○ 次回の更新は6月下旬を予定しております。お楽しみに!

著者略歴
向日 勇介(むかい ゆうすけ)
信州大学繊維学部(学士(工学))、ノースカロライナ州立大学大学院(修士(理学))、ヨークス株式会社カンボジア工場(現地法人)勤務を経て、2016年8月よりノースカロライナ州立大学大学院博士課程在学。専攻は繊維・高分子科学。カガクシャ・ネットには2016年に編集担当として参加。2018年1月から副代表兼編集長を務める。

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