2020年2月25日火曜日

研究者志望者へ贈る学部留学のススメ


科学者になることを見越した留学と聞くと、大学院留学を真っ先に想像されるのではないでしょうか。国内外に広く視野を持つ若者でさえ、科学者になることを見越して学部留学を考えるのは一般的ではない様です。そこには次のような理由が容易く考えられるでしょう。(i)母国語で専門の基礎を固めたい。(ii)留学が科学者を目指す上で有益か判断しかねる。(iii)経済的に難しい。そこで今回は、筆者の実体験を交えつつ、科学者を目指す上で学部留学の利点・欠点を取り上げたいと思います。
注:主に米大学(4年制)・大学院について記述しますので、他の国では当てはまらない事もあります。



はじめに
筆者はアメリカのとあるリベラルアーツ・カレッジを卒業後、シカゴ大学大学院の物理博士課程に在籍しています。学部生時代、専門の垣根にあまり影響されることなく多くの分野(後述)に挑戦できたことが私にとって良い素地となりました。その後の経緯は、最も興味があった分野であるソフトマター物理学に進み、ひょんなことから流体力学の研究をすることになったのでした。

時折、なぜわざわざ学部留学したのですかと聞かれます。私としては「主体的に勉強したいと思った時に、アメリカのリベラルアーツ・カレッジに魅力を感じたから」としか返せません。特にSTEM系の場合、大学で学ぶことは大体一緒なので、知識自体はもちろん国内の大学でも手に入れられます。私の場合、ディスカッションベースで政治哲学の講義も受けたかったし、なんなら専門の物理以外の脳神経学などを学びたいと思ったのです。

「学部留学は研究者になる上で不利ですか」と問われれば、そんな事はありません。アメリカに学部留学している中国人やインド人の数をご覧。実に多様なキャリアを歩んでいる。もちろん、あらゆる人生の決断と同様に、利点と欠点があります。それらを両方見据えた上で判断できるように、本稿ではいくつかの重要な点を取り上げます。



学部留学の利点

1. 学部生の勉学を推奨する環境がある
アメリカの大学生は専攻に関わらず、とにかく勉強をします。(*5)課題、実験レポートは当然として、講義内外でのディスカッションに備えます。自分の器量に合わせて、講義数やアルバイトの予定を組みますが、学生は例外なく勉学に勤しみます。教授陣も四六時中、学習させる様にコースをデザインします。GPAが一定以下になると退学させられる事もあり、学生は必死で勉強します。そもそも、院進学に関わらず卒業後の進路の多くでGPAは大きく影響します。より良いインターンシップや学内外の奨学金を獲得するのにGPAは良い方が有利なのです。

アメリカの大学生は田舎から一人で出てきて、自立した生活を多様性に満ちた環境で送ることを一般的に求められます。社会問題でもある学生ローンの高騰もあり、無駄な自己投資を避けるべく、学生は勉学やスキルの習得に直向きに取り組みます。学期中だけでもほぼ毎日勉学に勤しめば、学問の基礎ができるのも納得が行きますね。科学者志望者はGraduate schoolやMedical schoolに進学しますが、最低GPA: 3.0/4.0が求められます。競争力のある応募者のGPAは4.0に近い上に、院レベルの講義を学部在籍時に受講します。決して珍しいことではありません。

日本の大学出身者がアメリカの院に応募する際、日本の大学でのGPAの良し悪しをアメリカの教授陣は推量しかできません。日本の大学出身者は、学力に不足がないことをGREと呼ばれる共通試験(難易度は易しめ)で示せるでしょう。一方で、アメリカの大学出身者の高いGPAの裏には学力に加えて強固な労働倫理が垣間見えます。後者の素養も見込まれていることをお忘れなきよう。


2. 学部生も1年生から複数の研究室で見習いをできる
アメリカの大学院進学に必要なものに「研究経験」と「3通の良い推薦状」があります。現役で進学する場合、現地の大学生の多くは2名の研究指導者+良い評価を頂いた教授に推薦状を頼みます。上手くいけば、3名の研究指導者から推薦状を頂きます。アメリカの大学では1年生からでも教授が受け入れれば、研究のお手伝いをすることができます。特別、珍しいことでもありません。大抵は2年生以降に教授と交渉をし、研究経験を積みます。4年生の時に、卒論としてまとめる事もあります。現役で院に進学する場合、4年生の12月中旬までに応募しなければなりませんから、研究経験を積むのに学生は必死です。日本の大学でこれらをクリアするのは、文化が希薄だったり、英語で執筆を依頼しなければいけないので事前に根回しが必要です。当然、現地の大学に通っているのであれば、自分の行動次第で道を切り拓けます。

私の話をすると、大学では凝縮性物理の教授、脳神経計算機学の教授と研究を行いました。学外ではフェルミ国立加速器研究所(日本で言うところの高エネルギー加速器研究機構)にて数ヶ月間インターンとして従事。研究経験と推薦状は米大学院応募では対となる重要な資料です。そこで強みをアピールする為にも、学部留学は考慮の価値があるのではないでしょうか。


3. 現地語で専門の基礎固め
STEMでは基本的に英語が共通言語です。専門について議論する時に用語を英語、もしくは希望の留学先の言葉で知らなければ話になりませんね。この議論のスピードを養うのに、学部留学は最適ではないでしょうか。更に現地の大学で学位をとっておけば、学力に加えて意思疎通の不自由がないことを証明できます。例えば、アメリカで学士を取れば、院応募時に英語力を証明する必要はありません。また、論文英語は「サイエンティフィック・ライティング」と形容される様に書き方があります。これらを現地人と共に訓練されるのは価値があります。英語での口頭発表も鍛えられるのは間違い無いでしょう。



学部留学の欠点/苦労する点

学部留学には科学者としての基礎能力を身につける一助となる一方で欠点もあります。

1. 少なくない留学費用
留学費用は奨学金獲得の有無に左右されますが、多くの場合、安い選択肢では無いでしょう。English Pedia(*1)によると、学部留学の相場は年間230万〜だそうです。これは国立大学の学費(*2)の4.3倍〜に相当します。実際の負担額は学生の質(学力、リーダーシップなど)、家庭状況、大学の事情などに左右されるので千差万別です。当然、個人の努力によって同程度の実力は国内でも身につけることは可能です。費用と自分の欲しいもの(基礎学力、言語力、国際性など)を天秤にかけて、最後には判断することになるでしょう。


2. 研究経験を積むのには交渉が不可欠
留学生が研究経験を積むのは教授との交渉が不可欠です。大きな大学なら学部生を受け入れている研究室があるだろうが、入学前に調べると良いでしょう。アメリカの大学ではNSF(アメリカ国立科学財団)が主宰して夏休みに10週間程度の研究プログラムを展開していますが、留学生は応募できません。なぜかと言えば、彼らの大義は次世代のアメリカ人科学者を教育することだから。留学生が研究経験を積むには大抵、通う大学の教授と交渉することになります。あるいは、競争率が高い外部のインターンシップに応募する。日本の大学や研究所にコネがあるなら、夏休みはそこで研究の手伝いをさせてもらうのも手でしょう。いずれにせよ、いかなる人生の出来事同様に主体性が求められます。


3. 国内でのネットワークが広がらない
国内の院に進学したい場合や学士取得後の就職では情報戦や準備で苦労するかもしれない。昨今では、留学経験者を好意的に採用する企業も増えているが、一人で情報網を貼っておくことになりがちです。所謂、レールの敷かれた人生を思い描いていた学生には不向きでしょう。



まとめ
米大学→米大学院へと進学した私からすれば、現地で得られる情報・経験に勝るものはありませんでした。米大学院応募において自分の立ち位置を知る為にも、敵を知るべきです。一歩下がって考えれば、院に進学しなくても学部留学で現地就職の道も拓ける訳です。様々な理由から、国内では安定志向の若者が目立つようになりました。短期・長期を含めた留学者数は2017年度は10万人を超えましたが、その内1年以上の留学者数は2000人強と極めて少数です。一方で、理系グローバル人材は科学界でも産業界でも求められている希少な人材に思えます(*4)。国内外で活躍する科学者を目指して、学部留学を選択肢として考慮してはいかがでしょうか。


参考:



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 著者略歴:
 松澤 琢己(まつざわ たくみ)
 2016年、米カラマズー大学より学士号(物理・化学、最優秀)。
     物性物理学、高エネルギー物理学、計算論的神経科学の分野で研究
     フェルミ国立加速器研究所ではインターンとして従事。
 2017年、シカゴ大学より修士(物理)。
 2022年、博士号(物理)を取得予定。専門は流体力学。


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発行責任者: 武田 祐史
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山田(向日) 勇介
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